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原『愚か者死すべし』関連2題

「渡辺探偵事務所の沢崎」“復帰”第1作を読んだ。この作家を知ったのは非常に遅く、デビュウ作『そして夜は甦る』が文庫になった際(1995年、単行本は1988年刊の由)、書店店頭で偶然手にして何か強烈に惹かれる“におい”を感じ、買い求めてからだった。

謎解きに興味が(もて)ない自分には、今回のストーリーも作家のこれまでの諸作に違わず、かなり錯綜しているように思えた(――が、どこかで目にしたミステリ好きの方の読後感には、冒頭を読んだだけで真相がほぼわかったというものもあり、恐れ入るばかりだ)。

私にとっては原の作品もまた、京極夏彦や笠井潔の小説などと同列に、自分では思いもつかない世界の見え方/“視方(みかた)”を呈示してくれる点、そしてその視方で眺めた現実が顕わす異相を、最大の楽しみにできる類のものだ。新作が出ると、ついシリーズ最初の作品から順を追って再読しようとし、途中我慢ができなくなって新作を読んでしまうのも似ている。

もちろん、主人公の探偵・沢崎は、中禅寺秋彦や矢吹駆のように饒舌には語らない。彼は口数が少ない。そして徹底して意識的な“aloner”で、決して他者にまとわりつかず、逆にしばしば自身が吐く言葉によってわざと遠ざける(しかし行動ではそれをしない)。彼にとって親しい人や大切な人は、まったくと言っていいほど作品には現われない。探偵に語らせる言葉で世界を描いてみせる代わりに、沢崎はただただ己のみを恃む、(ひねくれているように映りながらも)真直ぐな物差しとして、作家によってこの国の現在に差し込まれる。そこで生じる軋轢や攪拌作用の結果から、何かが視えてくる。

どういう“視え方”なのか、その一端を窺うことができる発言を作家ご本人がしているのをウェブ上でみつけた:

以下、URLはアンカーにせず平文で列挙するにとどめる。新聞社と放送局のサイト所掲のため、一定期間経過後は下記のURLでは閲覧不能になると思われる。なお対談については、私自身は毎日新聞を購読していないので、本紙に掲載されたものの電子版なのかは未詳。

下記の対談、日付を本稿公開当初「2005年2月26日付」としていたが、これは私自身がこのページを見にいった時点のもので、まったくの誤りでした。大変失礼しました。対談頭書によると、どうやら実際には2005年正月頃のものか。

  • MSN Mainichi INTERACTIVE --> 社会 --> 学芸 --> 学芸の特集 --> 「おじさん対談・普通でいこう」(構成:米本浩二、写真:鮫島弘樹、編集:坂村和好の各氏)

    • “自由は厄介だけど”(対談上篇)
      http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/etc/taidan/index.html

    • “戦後60年「不安」と「滅亡」”(対談下篇)
      http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/etc/taidan/02.html

脱力しそうな対談タイトルはさて措き、とくに下篇での作家の発言、沢崎は「物事を偏見抜きで見る」、沢崎は「何も持っていない男」だ……などは、むろん作品を読めば一目瞭然だが、作者ご本人の口から語られると改めて納得する。

世に出て以来20年近い間に、昨年(2004年)11月末刊の『愚か者……』を含め長篇4作・短篇集1冊・エッセイ集1冊という寡作な作家も、新刊上梓のこの機会に各種メディアに露出しているようだ。もう1件:

  • NHK BS-2 週刊ブックレビュー(リンク先は同番組公式頁トップ)
    特集「原りょう 最新作『愚か者死すべし』を語る」
    http://www.nhk.or.jp/book/prog/index.html
    (本日(05年2月27日)08:00–08:54、再放送2月28日00:30–01:24)

この作家の小説・エッセイに特有の読後感を簡潔に言い表す言葉を、第1作を読んで以来探している。とりあえずこれまでのところ“極上の胡椒”、切れのいい辛みと深い苦味、そして本当に仄かな甘みを含んだそれくらいしか思いついていないのは情けない。

実は、私は『愚か者死すべし』には食い足りないものを感じている。それについて書こうかとしばらく思案していたが、今までの諸篇と正確にはどこが違うと自分が感じ/考えているのか究明し切れなかったため、当面放擲することにした。この記事を投稿したら、インタヴュウを楽しみに観よう。

〔05年2月27日追記1〕 BS「ブックレビュー」を観た。約20分。自分にとっては、これが作家が語る様を目にする初めての機会だった。予想したよりはるかに“怖く”なく、かつ予想したとおり含羞と廉恥の人のように見受けられた。〔05年2月27日追記1終〕

〔05年2月27日追記2〕 上掲部分を書いてから、またしばらく考えた。以下、念のため「続きを読む」に追い込みます。

上記「どこが違う」のか――最大のポイントはやはり“渡辺の死以前/以後”ということだろうか。それは、探偵があらかじめ引き受けていた“負い目”の有無、と換言しても構わないかもしれない。

渡辺が起こした事件の結果として探偵が課されることになった“負い目”は、作家が自ら新作「後記」でいう「第一期長篇三作」を通じて、作品にさまざまな陰翳と奥行きを与えており、実にうまく機能していた。探偵は各事件のスタートからすでに借入超過だったと言ってもいいだろう。いっぽう今作では、「何も持たない男」沢崎は、たしかに第一期と同様に何も持たないが、“渡辺以前”の影をほとんど引きずらず、いわば収支ほぼゼロのところから再出発している。

今後の新たな沢崎物で、シリーズ第一期におけるそうした重石のようなものと同等かあるいはそれを凌ぐものを創り出し、展開してくれるのを期待したい……というのが、一読者としての自分の甚だ勝手な希望なのかもしれない。〔05年2月27日追記2終〕

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