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Gorecki: "Symphony No.3 (Symphony of Sorrowful Songs)"

注文していたCDが何枚か一緒に一昨日届き、そのうち標記の1枚に惹き込まれて幾度もくり返し聴いた。1月27日は、奇しくもこの作曲家グレツキの生地からさほど遠くない(らしい)ポーランド南部にナチス・ドイツにより建設され、そこで第二次世界大戦中に百万人以上の人たちが虐殺されたアウシュヴィッツ強制収容所が、ソヴィエト軍の手で解放された日、1945年1月27日からちょうど60周年だったという(参考: Google(日本) News 「アウシュビッツ解放60周年」の検索結果)。またこの録音は、作曲家が学んだポーランドの Katowice(カトヴィツェ)を本拠地とする楽団によって、ポーランド人のソプラノを迎え、同じくポーランド人指揮者の下で演奏されている。

私が聴いたのは、今回も NAXOS レーベルから出ている音盤だ:

リンク先は再び NAXOS 公式サイトの当該盤ディスコグラフィ頁。英文ライナー・ノーツが全文読めるこのアルバムの「About this Recording」頁には、3つの楽章それぞれで歌われる歌詞ポーランド語原文と英訳が出ている。

ポーランドと“悲歌のシンフォニィ”

まったくそんなことを知らずに最初は聴いていた。この作品/演奏は、絶讃するレヴュウ(後述)をウェブ上でごく最近読んで知り、また1年ほど前に薦めてくれた友人から作曲家の名前だけを聞いていた。いつもの NAXOS 価格で入手可能だったが、先日たまたま在庫1点限りと表示されていたので、今ごろになっていささか慌てて発注したのだった。ライナー・ノーツを読むと、「悲歌のシンフォニィ」(アルバム標題にもある "Symphony of Sorrowful Songs")と名づけられているらしい全3楽章から成るこの交響曲の第2楽章には、「18歳の Helena Wanda Blazusiakowna により、在 Zakopane のゲシュタポ〔監獄〕房の壁に刻まれた祈りの言葉」が歌詞として用いられているという。原文はわずかに13語だ……。

第1楽章は約27分続く。コントラ・バスなのだろうか、低音の弦が低い音量で鳴り始め、カノン形式(?)で次第に高い音域の弦が加わって音量が高まった後、追いかけあいをしていた旋律が次第にひとつにまとまっていく。中盤で一音が長く延ばされて、ステージ奥のほうでピアノ(なのだろうか、あるいはハープまたはヴァイオリンなどのピチカートか。私の耳では区別不能。ちょっと不思議な響きがする)が鳴り、ソプラノが歌い始める。このヴォーカルが入ってくる箇所……澄明に冴えわたってしかし円い肉声と、その歌声にそっと添うようにほんのひと呼吸おいてソプラノを追いながらひかれる弦が同時に響く様は、比類ないほどに美しい。歌詞は15世紀に書かれた、マリアが救い主でありかつ自身の息子であったイエスの死を嘆くものという。聖性の至福と死別の悲しみを十全に描き切ったような音だ。その歌が終わると、再び弦が分厚く鳴り、ゆっくりと高音域から徐々に姿を消し、冒頭部と同様にコントラ・バスの低い響きへ収斂していく。

ナチスに最後には殺されたのかもしれない少女が書いた言葉を歌詞にした第2楽章、約10分。明るい日差しが雲間から薄く射してくるような短い導入部と、その直後、ソプラノが歌い出し一転して沈鬱に鳴る弦の低音部に支えられた部分の対比。そして母親に呼びかけながら「天の女王」マリアへ向けて守護を祈る歌の旋律が、螺旋状にめぐりながら幾度も暗い領域へ落ちかかりつつ、次第に高い音域へと昇っていくような感じが、非常に印象的だ。曲の終わり、長く続く弦の響きは、それでもどこか暗さを帯びているように私の耳には聞こえる。

余談だが、以下はよく知られた話だそうだ。1976年に作曲されたこの曲のこの第2楽章、1992年 Nonesuch 盤録音(リンク先は Nonesuch レーベル公式サイト、当該盤の頁。要 Flash)が、英国のラジオ局でくり返しエア・プレイされたのを契機として一躍衆目を集め、アルバムは全世界で100万枚以上を売り上げて、祖国以外ではほとんど無名に近かった Górecki を「ヒット・チャートに載った現代音楽作曲家」にしたという。当時の様子を一部伝える記述が、米国の時事週刊誌 TIME、1993年9月20日付号の「Not Just a One-Tune Man」(Michael Walsh さん執筆)冒頭にみつかる。

第3楽章、約18分。歌詞は第1楽章と同様に、殺され先立たれた息子(ただしこの楽章では「叛乱」による死)を嘆く母親が歌うもの。亡骸がみつからず、それでもどうか神の恩寵により安らかにと祈る。粛々と漣のように鳴る弦と、教会の塔の上でゆっくりと打たれる鐘の音を思わせる響きを聞かせるピアノが効果的だ。一度完全に音が止まって終わりへ向かう部分でも、この弦とピアノは生きている。

生命力……のようなもの

……こうして書いてくると、毎度のことで自分が使える言葉と表現の貧しさを決定的に思い知らされる。歌詞があってどうしても意味を思い浮かべてしまうせいもあり、特にまだこの作品を未聴で、私の下手くそな感想に先にお目通しいただいた方へ誤った先入観を与えてしまうことを懼れている。

それはしかし暫時措かせていただくとして、通して聴くと、この交響曲は決して重たくまとわりつくことがない(もちろん、軽きに過ぎているわけではない)。Pärt の "Cantus in memory of Benjamin Britten"関連拙稿)とはまた違った感触で、この曲には純化され昇華された悲歎が表現されている。そしてこれに加えて、死別によって残され(たとえ限りあるとはいえ)生き続けなければならない側の人間がもつ底力、あるいは母性(そして第2楽章ではたぶん未だ母ならぬ女性)にしかおそらく見出されない固有の生命力のようなものを感じる。この作品は、ライナー・ノーツによれば作曲家の夫人へ捧げられたものだというが、これを男の作曲家が書いたという点に、芸術家がもちしかも作品として形にすることができる、真に畏怖すべき洞察力を垣間見た気もする。

本稿冒頭、アウシュヴィッツ解放60周年のこと、このアルバムがポーランドの音楽家たちによって作られていることにふれた。自分が偶然にもこの音楽を聴く機会を得た日付が、作曲家に深い縁をもつ土地で行なわれた、戦争に必ず伴う大量死と愚行と残虐に思いを致すにふさわしい日(それは本当は数が多すぎ、恥ずべきことだ)のひとつであったことは、きっとこの先この曲とともに長く憶えているだろう。

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  • 本文で「後述」としたレヴュウは、Aaron さんのウェブサイト AlmostCool に掲載された 「Henryk Górecki / Symphony No. 3 (Symphony of Sorrowful Songs) / (Naxos)」。前回拙稿でとりあげた Tarentel や MONO のアルバム評も掲載されている、ロックをメインにしたレヴュウ・セクションをもつサイト。私自身はこのレヴュウを、これまたこうした最近のポスト・ロック系バンドを数多くとりあげている Jason Morehead さんらによる Opus(zine) の05年1月21日付記事「Sorrowful Songs」での紹介を通じて知った。Aaron さんによるレヴュウの最後にこうある:

    世界が一気にその行き先を変えて、瞬時にしてすべての苦しみが消え去り、あらゆる戦いが終わりを迎えないかぎり、この曲はいつまで経っても時宜に適ったものであり続けてしまう気がする。
    (Unless the world suddenly turns on a dime and all suffering instantly goes away and all war is ended, I feel like this will always be a piece of music that is timely.)

  • 検索エンジン経由で。シンガポール発信の英文ウェブ誌 The Flying Inkpot の「クラシック音楽レヴュウ」セクション所掲、Chia Han-Leon さん執筆の「HENRYK MIKOLAJ GÓRECKI (b.1933) / Symphony No.3, op.36 (1976) / Symphony of Sorrowful Songs」。このレヴュウの末尾にはこうある:

    ……母の愛により、曲はイ長調の光充溢する明らみへと昂まって終わる――あらゆる文化、あらゆる民族、あらゆる場所とあらゆる時間を超越して。
    (By her love, the music surges into the radiant luminosity of A major - transcending all cultures, all peoples, all places, all time.)

    本文で教会の鐘を思わせる第3楽章のピアノの鳴らし方について書いた。私は今まで信仰らしい信仰をもったことはないが、いわば“音の風景”としてのキリスト教会には、欧州で幾度か実際にふれる機会を得た。上のレヴュウ執筆者が書いていることに共感を覚える……と同時に、やはり生まれついてのクリスチャンでキリスト教文化圏で暮らす人と、自分の耳が聴いているもの/聴くことができるものとは、キリスト教に深く根ざしたところのあるこうした曲の場合、最後の最後のところでどこか違っているのかもしれない、とも思っている。

  • 作曲家 Górecki については、University of South California Polish Music Center(南カリフォルニア大学ポーランド音楽センタ)の「Polish Composers: HENRYK MIKOŁAJ GÓRECKI」(James Harley, Maja Trochimczyk さん共著)が一番まとまっているようだ。インタヴュウからの引用を含む経歴、受賞歴、主要ディスコグラフィ、作品番号順リストなど。

    他に、NAXOS の作曲家バイオグラフィ、「Henryk Gorecki (1933-)」、およびポーランドのさまざまな文化を紹介しているサイト culture.pl(リンク先は英語版トップ頁、他に仏・独・西およびポーランド語版あり)内、「Profiles / music: HENRYK MIKOLAJ GORECKI」など。

  • アウシュヴィッツ(Auschwitz)は周知のとおりドイツ名で、ポーランド語では Oswiecim(オシフィェンチム)、より正しくは Oświęcim と書くという(参照:Wikipedia 英語版「Oswiecim」の項)。そこからたどった同市公式サイトには、今年の60周年記念に関する特集ページが設けられている。

    ポーランドのこの南部地帯の位置関係がわかりやすい地図がウェブ上にないかしばらく探してみたが、これというものには残念ながら行き当たらなかった。WorldAtlas.comポーランド地図では、同国南端でスロヴァキアとの国境に位置する「Tatra Mtns(タトラ山脈)」とあるところが大体、Górecki 第3番・第2楽章の少女が投獄されていた Zakopane(ザコパネ)の位置。そのほぼ真北に作家 Lem の住む Kraków(クラクフ)、Kraków から見て西北西に Górecki が音楽を学び、この NAXOS 盤で演奏しているオーケストラが拠点を置く Katowice がある。併せて @Poland 内の地図もご覧いただきたい。作曲家の生地は、上掲 culture.pl の作曲家プロファイルによれば「Rybnik 近傍の Czernica」で、アウシュヴィッツは、Kraków と Rybnik を結んだほぼ正東西方向の直線のちょうど真ん中辺り、やや南方に位置するようだ。

  • 末尾でついでのようになってしまうが、この NAXOS 盤に3番とともに収録されている "Three Olden Style Pieces" も佳品。とくに第3楽章(? 悲しい哉、正しい呼称が私にはわからない)の弦の響きは瑞々しい。

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