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ひとつの理想形:Gert Holbek の Polonius

Gert Holbek: Polonius

また濃いネタです。

文字通り身近にあって、物であるのに一緒に過ごした時間の経過を感じさせてくれるような道具には、愛着が湧く。物も使い手とともに歳をとる。学生の頃から使い続けて紙がくたびれ、ページの耳にめくれ癖のついた辞書。丁寧に扱っていても弱い縫製のところからどうしてもほつれてしまい、使えなくなった革製の財布(革に艶がついていて捨てられない)。メッキが剥落して地金が出た最も安いクラスの Zippo ライター。使っては研ぐうちにごくごく僅かずつ刃が小さくなっていく切り出しナイフ、などなど……。

パイプも、使い込んでいくと掌に馴染んで全体にふわりと温かい色合いになる一方で、使い始める前にくらべると木目がよりくっきりとしてくる。

流線形

パイプの本で写真を見てから、実物を一度でいいから見てみたいと長年思っていたパイプがあった。ほぼ完全な一目惚れだった。Holbek(ホルベック)というデンマークのパイプ作家が作り出した Polonius(ポローニアス)というシェイプ(パイプの形/型)がそれだ(掲げた画像は、松山荘二『デンマークのパイプ』(青英舎、1983年)の見事な巻頭カラー口絵(8頁もある!)から拝借した。同書についてはまた別途書きたい)。無駄がなく隙がない。それでいてどこかやわらかい。

パイプ分類法

パイプのシェイプの分類方法にはいろいろあるが、大別する場合、「ストレイト(straight)」か「ベント(bent)」かの二つに分ける。火皿(bowl)とシャンク(shank, 火皿から吸口へかけて伸びた管状の柄の部分。シャンクの先に人工素材、多くは黒いエボナイト製あるいはプラスチック製のステム(stem)が付く)が直角を成しているパイプがストレイト。これに対してベントは、火皿とステムが直角以外の角度(多くは鋭角)を成しているパイプを総称する。ここ数年、缶コーヒーの BOSS という銘柄のロゴでおじさんが銜えているのはそのベントです。自販機にでかでかとシルエットが描かれているのをご覧になったことがありませんか?(笑)

私はなぜかパイプを始めた当初からベントが好きだった。初心者には真っ直ぐなほうが扱いやすいから、と店で言われて初めて購入したストレイトのパイプに、案の定さっさと飽きが来てからは、買ったパイプはほとんどすべてがこのタイプだ。シャンクと火皿に角度がついているとどうやら造形のバリエーションが広がるらしい。ストレイトのパイプはほとんどがクラシック・シェイプと呼ばれる定番に忠実だが、ベントには奇抜なものからクラシックなものまで、実にさまざまな形のパイプがある。そしてこの Polonius こそがベント・シェイプの理想形ではないかと、私には思えた。

特定のパイプがお気に入りになる決め手

パイプには、喫い心地(詰めたタバコを最後までドライにきれいに喫い切ることができるか)という実用的な側面と、見た目の美しさという審美的な側面と、大きく分けて二つの判断基準がある。百人いれば百人皆が一家言を持つパイプ愛煙家も、この点についてはおそらく意見の一致をみるだろう。

喫い心地は、「メーカごとに特徴がある」「素材となるブライアの根瘤の古さで決まる」「ブライアには秘密の前処理方法があって、それを施したものにはかなわない」などいろいろ言われてはいるものの、よほどひどい工作精度で作られたものでないかぎり、相当部分は個々のスモーカーの喫い方で決まるような気がする。

一方で見た目は、まさに作る側の腕の見せどころだ。掘り出されたブライアの根塊の劣る部分を材料にして大量生産されたものでない場合はとくに、「木目がどうやって最終的な製品に現われるように木取りするか(柾目と鳥目など)」「塗色の色使いはどうするか」、そして「シェイプ、つまりパイプの全体としての姿をどうするか」などなど……。

もちろん、シェイプだけがすべてではない。もっぱら喫い心地を重視して形や仕上げに拘泥しない人、銜えた時のバランスで決める人、とにかく木目という人、本当にさまざまだ。

これに加えて、喫うタバコの銘柄とタバコ葉の詰め方から着火の仕方、喫うときのピッチから吸い込む(肺には吸入しないが)煙の量まで、みんな自分の流儀をもっている。いや、手間ひまかけて至福の一服を求めるうちに、そういうこだわりをもたざるをえなくなってしまう、と言うべきだろうか。百人いれば百の一家言と述べた所以だ。

こうして、パイプスモーカーが複数集まると、マニアを自認しておらずとも、何時間でもパイプ談義ができる……(笑)。

無謀にも自作を試みる

何はともあれ、私が Holbek のこの Polonius というパイプに一目惚れした頃には、すでに現物はどこにも出廻っていなかった。一時のパイプブームはすっかり下火になり、パイプの本が新本で入手可能だったのも僥倖だったくらいで、このパイプ・シェイプを作った本人の Holbek という人についても、かろうじて手許に置くことができたそれら数冊の書籍に書いてある簡単な情報しかなかった。

おまけにそれによると、彼は工業デザインを手がけることに専念して、もうパイプ製作をやめてしまったという。新品の Holbek を手に入れるのは絶望的な状況だった。そもそも、名前の通った北欧のパイプ作家が手作りした「ハンドメイド」と斯界で呼ばれているパイプは、この国に輸入されるや数十万から場合によっては新車一台分の値段がついていたそうで、貧乏学生にそんなものが買えるはずもない。

「そうだ、そういえば高校まで美術がかなり好きだったじゃないか。中学の技術家庭の授業でも、ちょっとは褒められたりした」。素人とは定義上無茶なものです(笑)。憧れのパイプの、形だけでもどうにかして自分の目で、しかも三次元で見てみたい。パイプ自作キット(あらかじめ火皿と煙道が抉ってあって、ステムも装着済み。あとは自由に削って好きなシェイプに仕上げて、自作のパイプを楽しもう、というもの)を買ってきて、これまた数少ない写真を頼りに、この形を作ってみよう……。

実際には、学生時代に始めたパイプはしばらく続いた後にけっこう長いブランクがあり、自分では「第2期」と勝手に名づけている前回のパイプ熱中期に入るまではパイプ自作に手を染めなかった。自作を試みるのが遅れたということは、本来ならば年齢も上がってそれなりに分別がつくようになっているはずだということだろう。つまりはいい歳をしていよいよ病気が嵩じてしまったわけで、言い逃れができない。

はい、やりました、えぇ、やりましたとも(開き直りです(苦笑))。もちろん、自作キットはひとつ数千円という値段なので、いきなり無茶はできない。いくら学校の科目で美術が好きだったといっても、木彫(と呼んでいい側面も、パイプ製作にはある)の経験といえば課題の木彫りのお面や木版画の版を彫刻刀で彫ったりした程度なので、大きく木取りする時に使う鋸や、かけながら徐々に素材を削っていき、最終的に形を整えるために使うヤスリといった道具の扱いにも慣れなければならない。ほかに万力から紙ヤスリまで揃え、念のために、そもそもこのシェイプを他の素材でも再現できるものか確かめるために粘土まで買ってきて、準備万端整えておく。

ところが……結局、粘土を使ってすら、このすっきりとスマートな形は私には再現できなかった。粘土をどう捏ねても削いでも、だいたいの形状を似せるところまではいくものの、かなり肥満した Polonius もどきにしかならない。ベントの角度の付け具合も、火皿の上部へ向かってすぼまっていく感じも、ほんの少し違っているだけで、全体としての姿の印象は大きく異なってしまう。それに、パイプは喫煙具という道具でもある。ブライアの根瘤がいくら燃えにくいとはいえ、パイプの肉づきを削りすぎてしまうと使い物にならない。下手な喫い方では火皿の内壁を焦がしてそれが表面まで出てしまったり、火皿から枝のように突き出たシャンクが折れやすくなったりしてしまう。強度の点からもあまり無理はできない。

才能は天賦だ

相当の時間、粘土細工で試行錯誤してみたが、思い知ったことは、やはり匠が“たくみ”と呼ばれるには確乎たる根拠があり、凡人の自分にはそんな貴重なものはないという、あまりにも当然の理だった。Holbek は、機能性を損なうことなく造形の妙をギリギリまで追い詰めることができる、そうした天賦の才を具えた天才(と、遅れてきたファンでもやはり呼びたい)の一人なのだろう。彼がこの Polonius という、ここまで切れ味があり木目も(そしておそらく造作も、また喫い心地も)ほぼ完璧と言っていいパイプ・シェイプを作り出したということの凄さ、このパイプの現物が実在しているということには、大げさに響くかもしれないが、何度思いをはせても驚きと讃嘆の念を禁じえない。

私のパイプ自作の試みのその後の顛末ですか? ええと、自分の造形の才の欠如をいやというほど痛感させられ、その後は凡人なりの諦めの境地(笑)に入って、いくつか実際にブライアを削ってみました。しかし、どうひいき目にみてもどれもみっともないとしか言えない程度の出来です。恥ずかしくて、とても他人様にお目にかけられる代物ではありません。

それに、この Holbek にまつわる話には、あと少し後日談めいたものがあるのですが、ここまででもすでに贅言を連ねすぎたので、またいつか。

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以前にも書いたが、パイプは人を饒舌にする(?)のか、パイプについて書かれたものは汗牛充棟とは言わないまでも、おそらく普通に想像されるよりははるかにたくさんある。

以下はいずれも英文資料ですが、パイプとパイプ好きについてイノセントな方は、世界中のいい歳をした大人が単なる木製の管とこれまた単なる葉っぱとの組み合わせにどれだけ馬鹿げたほどの情熱を注いでいるか、おそろしい実態をぜひ垣間見てみてください。Only a click away to this wonderful world...(笑)。

  • パイプの構造と各部位の名称その他、基本的なことについては、ネットニューズの alt.smokers.pipes ニューズグループの公式ウェブサイト(トップページ)にある、Pipe Parts(1頁目)以下をご覧いただきたい。

  • ネット上のパイプ関連リソースへの決定版ポータルは、文句なく Pipes Web Page です。もともとはパイプ愛煙家の英文メイリングリスト「Pipes Digest」のバックナンバーをウェブ上で提供し、関連するリソースをポツポツと収蔵したサイトだったが、今は alt.smokers.pipes グループとならんで、パイプ関係の情報とそれらへのポインタの、ネット上での集積場所になっている。

  • 嬉しいことに、以前に幾度検索しても何も出てこなかった Holbek その人についても、今はネットに載って/乗っています(!! つい最近になってようやく知りました、迂闊): www.danishpipesmokers.com というサイト(同トップページ)の、Gert Holbek(!!)。Holbek 自身の近影と彼の最近の作品と思われるパイプの画像、製作工程を撮影した一連の画像、そしてパイプ作家としての彼の経歴(Jacob Groth さん執筆)がある。

    この Jacob Groth さんの記述によると、Holbek は私が目にした日本語の資料にあったとおり長らくインダストリアル・デザイナとして活躍していたが、製作点数は激減したものの現在に到るまでパイプ製作を続けていて、そのほとんどが日本で(!!)売られているそうだ。これまた知りませんでした。もっとも、手の届かない値段が今でもついているんだろうな……。

  • Holbek のパイプは、多くがデンマーク・コペンハーゲンにあった Pipe Dan というパイプ・ショップを通じて販売された。このショップについても、上でふれた本稿画像の引用元である松山荘二さん(自他ともに認める Holbek マニアだそうで、私のような弱輩かつ Polonius シェイプ・オンリーの Holbek 憧憬者は逆立ちしても絶対に及ばない)の御著書『デンマークのパイプ』に詳説されているが、ウェブ上ではwww.finepipes.com のなかの "Pipe Dan Pipes" に簡単だが概略が出ている。またまた驚くべきことに、このショップが海外のパイプ愛好家をターゲットに出していたカタログ(第5版、1961‐1962年)のスキャン画像もある。

  • 本稿に掲げた画像は、スキャナで取り込んで若干明るめに調整しましたが、実際の印刷で見るよりもパイプの右側に落ちた影が濃いままで、シェイプの輪郭がわかりづらくなっています。申し訳ありません。なお、画像下方にあるキャプションには「POLONIUS/by G. Holbek 1975 normal」とあります。

category: nicotiana | permalink | Comments(2) | Trackbacks(0) |
Comments
Holbekのパイプについて
先日比較的オーソドックスな物ですが、Holbekの未使用パイプを手に入れました。Poloniusシェープの方が私も好みではありますが、実物を手にすると、その繊細な造りとグレンの良さに見ほれてしまいました。CELIUS等の比較的繊細な物より、さらに細かいところまで作り込んでいるのがさすがです。
使用しようとしたら、常連になっている喫茶店のマスターに「コレクションしとくパイプにした方がいいよ。」と言われて、押入れの中で眠ってます。これからいつまで続くか判りませんが、時々取り出して眺めて楽しむつもりです。
| akn12252 (URL) | at 16:45 on 2005/12/07 |
[Edit/Delete (comment author only)]
コメントありがとうございました。良いものを入手されましたね。

私も数年前、国内某所で、完全未使用の Holbek 12、3本を一度に見せていただいたことがあります。それらはどうやら Pipe Dan のカタログ・シェイプ数パターンに従って作られたもののようで、どれも比較的角が立った、直線的で鋭角的なボウル・シェイプでした。

その時が、私が自分の目で Holbek 製作のパイプ現物を見た最初の機会で、残念ながら Polonius はなく、またどれも思い描いていたよりはるかに大振りで、仕上げも赤みが強く、ちょっとがっかりしたのを憶えています。いささか思い入れ(というよりも思い込み)が強すぎたのかもしれません。それよりもさらに記憶に残ったのは、「有るところには有るものだなあ」という、呆けたような感慨でした。

もし自分が未使用の Polonius を入手することができたら、果してどうするだろうか――お寄せいただいたコメントを拝見して、しばらく夢想(妄想?)に耽ることができました。使うか使うまいか、きっと楽しくてたまらない逡巡が続くのではないかと拝察します。今後万が一、実際にお使いになる決心をされた暁には、ぜひとも喫い心地や使用感をどこかで公開されんことを……。
| moondial (URL) | at 01:07 on 2005/12/08 |
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おもに音楽と読書にまつわる雑感を随時綴っています。

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