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Robert B Parker: "Night Passage"(パーカー:『暗夜を渉る』)
ここ数週間、Robert B Parker(ロバート・B・パーカー)のスペンサー("That's Spenser with an `S'")・シリーズを、最初から順を追ってぽつぽつと読んでいる。通っている公共図書館の外国物文庫本書棚で、シリーズ最初から数巻分が揃っていたのを目にしたのが運の尽き(?)。定評ある私立探偵物であることだけはかろうじて知っていたが、今ごろになってようやく実際に読む機縁を得た。1973年のシリーズ処女作『ゴッドウルフの行方(The Godwulf Manuscript)』以来30年、すでに本国アメリカでは30冊を超える作品が刊行されており、当分の間楽しめそうだ(邦訳も早川書房から順調に文庫落ち継続中、訳者は菊池光さん)。
もっとも、シリーズ中にいくつか谷間かハードルのような、というか、作風やモチーフを大きく変えた作品があるそうで、読者によってはそこでシリーズを見限って読むのをやめることもあるという。最初から読み始めた私は、そうした作品にはまだ到達していない。もちろんシリーズは継続中だし、邦訳されたものもまだ全部を通読したわけではないので、確信をもって自分が言えることはない。ただこれまで読んだかぎりでは、どの作品も非常に手堅く、比較的スムーズに読み進めることができ、読後に一定の水準を超えた満足感を得られる、という気がする。安心して読める、という感じか。
スペンサーが暇さえあれば発する、恰好よさに徹しきれずかなりの確率で笑えない“気の利いた科白”、彼の恋人で魅力的に描かれる自立した女性スーザン、日本語で言う侠気をスペンサー以上に感じさせる“相棒”ホーク、悪の摘発にプロとしての矜持を持ち続ける警察/検察関係者といった主要登場人物。そして何より、摩天楼が寄り集まって呆れるほど均一な景色を作るアメリカの大都市のなかでは例外的に美しい街のひとつ、スペンサーが拠点とする“古都”ボストン。道具立てが揃えば、あとは展開されるプロットを追い、スペンサーの一人称で語られる世界に浸ることができる。
(……と書いていたらまた長くなってしまったので、以下は「続きを読む」にて失礼します)
警察署長ジェッシイ・ストーン物
図書館から借り出してきては読んでいるので、予約その他の事情によりシリーズで次に自分が読みたい本がしばらく借りられないことがある。先日もそうなって、分館にあった同じパーカーの『暗夜を渉(わた)る(Night Passage)』(1998) を読んだ。
こちらは Jesse Stone(ジェッシイ・ストーン)という30代半ばの警察官が主人公だ。元はカリフォルニア・ロサンジェルス警察殺人課刑事、映画俳優を目指す妻が仕事を求めてさまざまな男と関係を重ねるのに耐えかねてアルコール中毒になり、実質上解雇。離婚し、流れて米国北東部、(またもや)ボストン近郊の小さな町の警察署長に採用される。
スペンサー物同様、ここでも主人公は自ら思い定めた行動規範(code of conduct)のようなものをめぐって自分の生き方を省みつつ、出来(しゅったい)する事件と対峙して身を処していく。生活を一新して戸惑いながら、大陸の反対側、西端で暮らす別れた妻と電話で時に会話し、若く経験に乏しい署員たちをそれとなく訓練・助言して育て、慎重に事実を集めて事件の解決へと到る。
傑作かと問われれば、おそらくそうではない。きわめて素気ない、ぶっきらぼうと言ってもいいくらいの三人称の語り。どこかで目にした評にもあったが、スペンサー・シリーズに充溢するユーモアもほとんどない。ただ、全篇、何かが大きく始まりそうな予感をはらみながらも、熾火のままにとどまって緊張感が持続する。それが読んでいて自分には心地よかった。そして何気ないのだが妙に沁みるこんな描写もある:
ジェッシイが家に帰ると、アパートメントは静まり返っていた。人が住んでいる家の小さな物音が、かえって静けさを強調していた。ジェッシイは、テラスに出る引き戸へ行って港を眺めた。はるか岬までも見通せるだけの明るみがまだ残っていた。ロブスター漁船が一艘、町の波止場に向かって入って来ているだけで、港の静かな海面で上下に揺れている船はすべて係留され、人影がなかった。ジェッシイはその静けさが好きだった。心が安まる。しばらく立って静かな港を眺め、静寂を体全体で吸収していた。……〔改行なし、中略〕……ウィスキイを飲んだ。夜の帳が港に下りていた。もはや岬は見えない。暗い海面の彼方で、何軒かの家の明かりが輝いているにすぎない。例のロブスター漁船は今では係留されて、町の波止場の明るい水銀灯の光を受け、桟橋の脇でほとんど静止している。……
『暗夜を渉る』29章冒頭、ハヤカワ文庫版175–176頁
本作の後、ジェッシイ物はすでに3作が続き、いずれも邦訳刊行済みの由。スペンサー物を一作一作楽しみながら、こちらのシリーズもどう展開しているのか、読んでみよう。
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Robert B Parker 関連のウェブ上リソース。
30年以上続いているスペンサー・シリーズは、折々の風俗や時事への言及が多い。また作家が元は英語文学を講じる大学教員だったこともあるのか、陽には示されないもののさまざまな作品(推理小説に限らない)への参照やパラフレーズなどが無数にちりばめられているそうだ。
シャーロック・ホームズ絡みのそうした蘊蓄集成にも比肩しうる、スペンサー物に関するリソースが、Bullets and Beer: The Spenser Homepage にある。Mike Loux さん創設、現在は2代目の管理者 Bob Ames さんにより精力的に更新されている模様。
同じく Robert B Parker ファン・サイト、Dodd Vickers さんの The Spensarium 。移転作業中なのか(?)、残念ながらサイト構成に部分的に不備あり。
検索エンジン経由で、作家自らが語ったものをいくつか。MysteryNet.com の「Books & Resources」コーナー所掲、「Robert B. Parker Author Interview On Writing Mysteries: "Five Pages a Day" by Charles L.P. Silet」(年時不詳、1998年頃か?)。作家の影響源のひとつ、Chandler のフィリップ・マーロウとの違いを問われて、「……マーロウは自身の高潔さ(integrity)を維持するために孤独という代償を払っている。彼は自分の純粋さを保つために他者から離れて(remain separate)いなければならないが、スペンサーはそれを他者との関わり(in context)のなかでやってのけている」と答えている。
また、Bookreporter.com 所掲、「Author: Robert B Parker」には2000年4月と同年10月のインタヴュウ2本。後者には、ジェッシイ・ストーン物について「近年、スペンサー物を一本仕上げるには3, 4カ月かかるだけで、余った時間に最近やっていない三人称によるものを書いてみようと思った、スペンサーよりちょっと若くて、あまりスペンサーに似てない人物を主人公にしたものを」云々とある。
こんなサイトも(!)。Bill Thompson's EyesOnBooks では、作家の肉声インタヴュウが聞ける。Thompson さんは米国の放送業界で多数の作家インタヴュウを重ねた方のようで、本稿執筆時点では Parker の頁から2本、同ページ下方から「How food and sex figure in a mystery」という合計3本が公開されている。いずれも数分と短いものの、作家の話し振りは随所にユーモアを効かせて楽しい。
在米国ニュー・ヨーク州、どうやら稀覯書を扱う書店が運営するウェブサイト Book Source Magazine に、「The Literary Offenses of Robert B. Parker」という、作家への愛情に満ちたエッセイが掲載されている(Charles E Gould, Jr さん執筆)。
スペンサー・シリーズのプロットや細部に弱点や齟齬が見られることは、邦訳解説でもしばしばふれられているが、このエッセイではそれらの実例を示しながら、いかにスペンサー物がおもしろいかを読み解いている。末尾に出てくる、Parker が1983年に出した A Spenserian Sonnet と題された100部限定(実体はペラ1枚らしい:Robert B Parker's Books Revealed の「14節:その他のパーカー出版物」の記述による)の詩に対して、エッセイ著者が寄せたソネット形式によるコメント、それに対する作家からの返信のくだりはとくに傑作だ。作家の返信は以下のとおり:
「貴殿のソネットは拙作よりはるかに優れており、それが私には気に食わない/おまけにこいつ〔The goddamned thing = エッセイ著者の詩〕、きちんと韻を踏んでいるじゃないか/ありがとうございました。RBP」。
作家の邦訳作品ビブリオグラフィについては、以前レムに関する拙稿でも参照してお世話になった AMEQ (Takashi Amemiya) さんの「翻訳作品集成」(「P」→「ロバート・B・パーカー」)、またN・M卿さんの 「ミステリー・推理小説データベース Aga-Search.com」(「ハードボイルド」→「ロバート・B・パーカー」)などを参照されたい。毎回書いているが、こうした地道な作業の成果を公開してくださっているサイト運営者の方々には、本当に頭が下がる。ありがとうございます。