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ライヴで眠る:David Sylvian

もう2週間前の敗戦記念日、今年4月に来日し小規模のツアーを行なった David Sylvian(リンク先は公式サイト、要Flash)の東京・昭和女子大学人見記念講堂でのライヴをNHK-BSが放送した。もともとは同局が高精細度のハイビジョンで撮影し7月末に放映したものを、従来の映像形式に“降ろして”きたもののようだ。ハイビジョンは自分のところには視聴可能な機器一式がないので、2度目のほう、8月15日23時45分から始まる放送を楽しみにしていた。

……寝てしまった。最後まで観たのだが、途中はうつらうつらから、おそらくは最長でも1, 2分程度だろうがかなり深い眠りまで、幾度も居眠りした。この間の音の印象は何も意識に残っていない。放送当日のまだ明るい時間帯、それなりに体を動かして疲れてはいたのだが。

映像で見るかぎり、派手なライティング効果は使われなかったし、ステージには3人しか登場せず、各々がキーボードかドラム・シンセサイザ(?)、ノート・パソコンを操作するばかりで動きもほとんどない。しかも3人のうち1人は、ステージ奥に据え付けられたかなり大きいスクリーンに映し出す映像(音響も?)担当の高木正勝(リンク先は公式サイト)。ほかには David と Steve Jansen。高木の映像は随所で息を呑むような美しい瞬間を見せていた。反面、暗いステージにチラチラと光を散在させ、具体物と抽象図形の中間くらいの形定かではないものが次々と流れるように映る彼の映像は、誘眠剤のような働きを自分に及ぼしていたのかもしれない。演奏された曲目は、ほとんどが現時点での最新アルバム Blemish (2003) からのものだった。

こちらが居眠りしては目を覚ますことをくり返している間にも当然演奏は進み、最後にアコースティック・ギターの弾き語りで David がメッセージ色の強い歌を珍しく熱唱(彼にしては、の話だが)して90分の番組は終わった。制作に関わった人たちのクレジットも流れ、本腰を入れて作ったものだなという印象を受けた。一方で朦朧とした頭で、何かちょっと違うな、この違和感は何だろう、と思っていた。端的に言えば、悪い眠りだったのだ。

本稿標題のとおり、私は David の以前のツアー公演で眠った経験がある。大げさだが、このとき眠ったことについては演奏者に対する申し訳なさも自分に対する残念さも感じていない。まさに至福の一刻だったからだ。たかだか数分間のことだったが、この間の音はたぶんすべて聞こえていた。そういう状態を眠るとは言わないかもしれないが、意識を保ったまま私は眠っていた。あまりの心地よさに、このまま演奏が終わらなければいいのに、と意識の隅で思いながら眠っていた、そして聴いていた。

以下、あまりにも長くなったので「続きを読む」にて失礼します。

"In Praise of Shaman" ツアー

今回思い立って調べてみたところ、これはもう15年以上も昔、David が1988年に行なった "In Praise of Shaman" ツアーでのことだった。当時もなけなしだったお金を、4月16日の新宿厚生年金会館と4月12日・13日・17日(たぶん東京最終公演の17日だったと思う)のどれか1日の中野サンプラザ、2度のコンサート・チケットに注ぎ込む程度には熱心なファンだった。(David には Japan デビュウ以来のコアなファンが多数いるので、当然はるかに多くの公演に実際に出向いた方々がおられるだろう)

このツアーに参加したメンバーはみな達者なミュージシャンだった。面子は、多数のインストゥルメンタル曲をLP1枚に充当し1枚目にはヴォーカル入りの優れた曲を収めた2枚組、ソロ2作目 Gone To Earth (1986) 制作時の主立ったミュージシャンで固められていた。アルバムとの違いは、スタジオでは Bill Nelson と Robert Fripp が担当していたギターが David Torn(リンク先は公式サイト)に入れ替わっていたことくらいだった。

セッション・プレイヤーとしての経験に富む Torn は、(少なくとも私が聴いた公演では)決してでしゃばらず、多数のエフェクタを自在に操り多彩な音色を駆使して、実に効果的にアンサンブル形成に貢献していた。また、Japan 解散以後も引き続き David のソロ活動に関わってきた Jansen と Richard Barbieri の2人も、Japan 最後のスタジオ録音オリジナル・アルバム Tin Drum (1981) で急に伎倆を上げてからずっと安定した演奏を披露していた。とくにこのツアーでの Steve は、生ドラムとドラム・シンセをバランスよく使い分け、遺憾なく力量を発揮していた。アルバムで聴けた東南アジアの打楽器風のアタックのやわらかいパーカッションの低音は、スタジオではおそらく現物を使って録っただろうから(実際どうだったかは未詳)生演奏ではどうするのだろう、と勝手に心配していた自分には、若干撓る感じの長めのスティックで軽くこするように打つニュアンスも含めて、この音をドラム・シンセで再現していて驚きだった。Mick Karn よりはるかに安定したフレットレス・ベースで演奏を下支えしていた Ian Maidman(リンク先が公式サイトと思われるものの、再編中のため未確認)、加工しないフリューゲルホンの生音で、アルバムでは John Hussel が吹いたパートを巧みに再現していた Mark Isham(公式サイト)など、みな印象深い。(あと一人残されたサポート・ミュージシャン、Robbie Aceto については失念……なんだかご本人に申し訳ない気がする)

このツアーでの演奏曲目は、ソロ1作目と2作目、さらに前年の1987年にリリースされた Secrets Of The Beehive からが大半を占めている。自分にとっては、どのアルバムもリリースと同時に買ってきて、(もう完全に時代遅れになった慣用表現だが)レコード盤(まだその時代でした)が擦り切れるのではと不安になるほどくり返し聴いたなじみ深いもので、それもこの時のライヴの圧倒的な印象をつくるのに与っているかもしれない。ただ、この時期までの David の書く詩/詞と曲とには、それ以降のアルバムがどんどん湛えるようになっていったどんよりした重みはさほど目立たず、瑞瑞しさがあった。

PAもミキシングも良かった。音は実にクリアだったし、ロック系(? と呼ぶことに、もはやあまり意味はないだろうか)のライヴにしては抑えめの音量で、電気楽器を使っていると避けがたいハウリングやガリガリいうノイズなど音響面でのトラブルもほとんどなかったように記憶している。全般に、入念に作られた極めて質の高いライヴだった。

器楽曲の演奏家/音楽家としての Sylvian

David はソロ1作目の Brilliant Trees (1984) で、 John Hussel と Holger Czukay の2人を筆頭に、坂本龍一を除けばそれまでの Japan での活動からはなかなか予想がつきにくかった方面の音楽家・演奏家と組んで、俄然表現の幅を広げた。その後、上述の2作目 Gone To Earth 発表の前に、ミニ・アルバムのような形で Alchemy - An Index Of Possibilities (1985) をリリースしており、それがおそらくそのまま Gone... のインストゥルメンタル各曲、さらに Holger Czukay との2枚のアルバムへとつながっている。

もっとも、これ以前に Japan 最後のアルバムとなったライヴ盤 Oil On Canvas (1983) には、ライヴ録音を挟むように Oil on CanvasTemple of Dawn(? この2曲だったか未詳、後述)というスタジオ制作の静かなインストゥルメンタル曲が収録されていた。Japan 最後のこのツアーも、たまたま私は2度東京で聴く機会を得たが、妙に醒めた/冷めた印象を受ける演奏だった。Tin Drum の完成度の高さと相俟って、「ああ、このバンドも行き着くところまで来てしまったのだろうか」と思ったのを憶えている。また、さらに溯れば、Tin Drum の制作時とほぼ重なる時期に坂本龍一・矢野顕子と組んで作った数枚(2枚だけ?)の12インチ・シングル(Japan 名義だったが、実質的には David 主導だったに違いない)でも、バリ島の音楽や中国風の旋律への接近は顕著だった。

オリジナルLPリリース当時の Oil... でライヴ録音部分を挟んでいたインストゥルメンタルが上述の2曲だったか、調べきれずはっきりしない。現行のリマスタ版CDには、この他に Voices Raised in Welcome, Hands Held in Prayer(と Night Porter、これがLPにはなかったのはほぼ確実〔04年8月29日追記〕……と書いたが、確信がなくなってきた。LPでも収録されていたかもしれない〔04年8月29日追記終〕)が収められているようだ。

Alchemy... は、リリース当初はたしかカセットテープのみでの変則的な発売だった。私は発表当時のテープ版は聴いておらず、1990年代前半(1993年日本発売のみ? 外盤で買った記憶があるのだが)にようやくCD化されたものを初めて聴いた。この時、自分が1988年のライヴで眠りながら聴き入っていたのは、このアルバムに収められた "Words With The Shaman Part 3: Awakening" だったことに遅まきながら気づいた。ウェブ上で検索してみつかるこのツアーのセット・リストで確認すると、ほとんどどの会場でも Alchemy... から何曲か(というよりもほぼ全曲)が演奏されている。Awakening は、多くの公演でアンコールの最後に使われていたようだ。

改めてCDでこの曲を聴いてみても、なかなか当時の感動は甦らない。安物のCDラジカセが出す貧弱な音のせいかとも思うが、おそらくそれだけではない。この曲の場合、スタジオで作られた音には、なぜか決定的に生気が欠けているように感じる。CDで聴きながら思い出してみると、ライヴで聴いたこの曲は重層的な音の積み上げで、且つ個々のプレイヤーが出す音が粒立ち、決して全体に埋もれていない。これといった旋律を持たないにもかかわらず、終わりが近づくにつれてどんどん緊張感が高まってゆく。細かくリズムを刻むように反復して流れ、シロフォンのような音色で鳴るシンセサイザの音がキラキラと煌く。テープで挿入される掛け声のような正体不明の男声ヴォーカル(どこかの民族音楽から借りたものだろう)に呼応して、トランペットとギター(・シンセ?)が高音域で絡み合う。そして全体を包み込むごとく、紗をかけたように、atmospheric なキーボードの音が背後で鳴り続けていた。

(……今になってこうして思い出してもまた/まだまだ倖せな気分に浸れる自分は、つくづく単純だ)

自ら歌った曲の大半の出来が素晴らしかったのは言うまでもない。David がこの時期に創ったインストゥルメンタル曲を、大きく貢献している Hussel(や Czukay)との関連で例えばアンビエントと呼んでいいものか、私にはわからない。いずれにせよ、あの特徴的な低く粘る自身のヴォーカルを一切用いず、生演奏でスタジオ録音にはない生き生きとした力を吹き込むことのできた当時の彼は、おそらく創造力のひとつのピークに立っていた。

Where are you heading for, David?

しかし、David は1987年の Secret Of The Beehive リリースとその後の "In Praise of Shaman" ツアーを終えてから長い沈黙の期間に入り、ほとんど表舞台から姿を消した。12年後の1999年にようやく Dead Bee On A Cake がリリースされるが、この間に彼は結婚し、米国へ移住し子供が生まれて家庭を築き、さらに新たな信仰を持つに到る。彼が帰依しているのはヴェーダーンタ学派の流れを汲むヒンドゥ教の一宗派のようだ。Dead Bee... にはこの宗派の頭領が参加していたし、放映された今年のライヴでも、一曲丸ごとヒンディ語(?)の歌詞を歌っていた。Dead Bee...、新作 Blemish、それに先日放映され自分が居眠りを誘われたライヴ、いずれも共感できる部分が残念ながら私にはほとんどない。

他人様(ひとさま)の精神生活には安易に容喙できない。それが信仰となればなおさらだ。David がもつ信仰について、彼自身が英国の音楽誌 "Wire" で、あるいはオーストラリアのテレビ局で行なったインタヴュウ(いずれも後掲)で語った言葉を聞くと、pūjā (devotion、このサンスクリット語自体はしばしば“供養”と訳されるようだ) や surrender(この場合、どちらも“自己(自我)放棄”の意味で解釈するのが適切かもしれない)をくり返し口にしている。表情からも若かった頃にあった険と影が消えているのがわかる。たぶん倖せなのだろう。

それでも……と思うのは、彼の音楽に惚れ込んだ者の身勝手か。ミュージシャンとしての力量と音楽としての質とが、Dead Bee... 以降の David のアルバムでは彼のもつ信仰に押されているような気がする。9.11から一層重く感じられるようになった、いまの時代にまとわりついている不安のようなものと、それを払う/祓うためには一人一人の考え方や行動が大切だというメッセージを、最新作と今回のツアーでの彼が表現しようとしていたのはわかる。わざわざ "World Citizen" のような曲をライヴを捉えた映像作品の最後にもってくれば、それはいくら鈍い私にも伝わる。

それでも……私は押しつけられるような不快さを、どこかで感じていた。音楽に昇華され表現されたものによって肯かされるのではなく、音楽そのものに信仰や信条やメッセージが未消化/未昇華のまま夾雑物のように混入し、妙な生臭さを感じさせるのが厭だった。ライヴ映像を観て音を聴きながら、居眠りとはいえ“悪い眠り”に落ちたのは、そのせいだと強いて述べ立てたい気持ちが抑えられない。

今回のライヴでの "Wasn't I, Joe?"(音盤未収録?)の演奏(個人的にはっきり覚醒して聴くことができ、スリルを感じたのがこの部分だけだったのは悲しい)や、それとよく似た(ただし今回のライヴでは演奏されていない)真っ暗な傑作曲 "Cover Me With Flowers"(おそらくこれによって David 自身が後期 Japan 以降の自らの音楽キャリアにひとつの決着をつけようとして編んだコンピレィション、Everything And Nothing (2000) 所収)は実にエキサイティングだった。せめてあのラインで踏み止まってもらえないだろうか。David, あなたはミュージシャンとして今後どこへ向かうのか。

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  • ソロになって以降の David Sylvian については、ディスコグラフィ・ライヴでの演奏曲目・歌詞・曲ごとの参加ミュージシャン、さらには最新情報も含め、davidsylvian.net がおそらく最も詳しい。本稿でも、ほとんどの資料をこのサイトの記述に求めた。記して感謝します。

    ただし、左側ペインに目安はあるものの若干ナヴィゲィションしにくく、サイト内検索も結果を見るかぎりではきちんと機能しない場合があるようだ。以下、目次代わりに。ディスコグラフィ関連では 「Index >> Releases」、歌詞は「Index >> Miscellaneous >> Tracks - by/with David Sylvian」から(曲名アルファベット順)、ライヴのセット・リストについては 「Index >> Live and TV Performances」、共演ミュージシャンその他人脈については 「Index >> Miscellaneous >> Artists related to David Sylvian」

  • David 自身の公式サイトは、上掲のとおり davidsylvian.com。隅から隅まで Flash で作られているが、操作性には配慮されており、それなりに閲覧しやすい。「Text」セクションには、"World Citizen" が坂本龍一からの要請で「チェイン・メールを音楽で、意図は反戦([a] chain letter in musical form, anti-war in origination)」制作された経緯を、David 自身が書いている。

  • 本稿末尾でふれた Wire 誌の David へのインタヴュウ(音声のみ)は、同誌公式サイト内、Web Exclusive --> On Tape --> David Sylvian in conversation with Rob Young とたどれば見つかる。10分強(mp3 フォーマット)、どうやら抜粋らしく、聴くことができるのは David の米国における生活、いかにして上述の信仰に接触するに到ったか、彼の信仰の中身などについて語っている部分のみ。

  • オーストラリアのストリーミング局(?)virtueoz.com での David のインタヴュウ(動画)は1時間弱。David Sylvian 頁から(ram および asx フォーマットのストリーミング)。ただし本稿執筆時現在、残念ながら不達。たしか2カ月ほど前には ram 形式のストリームは全篇を支障なく観ることができた。Everything And Nothing リリース後に(プロモーションで?)訪豪した際に収録されたものか。

    2度ほど通して見た記憶を実際の番組と照合・確認できないまま書くが、基本的にはファンから事前に(また番組の掲示板宛にリアルタイムで?)寄せられた質問をまとめたうえで、インタヴュアの男性がスタジオに招いた David に訊いていくもの。長い沈黙の間は何をしていたのか・信仰について・今後の彼の音楽が目指すもの、といった問から、子供にどんな音楽を聴かせているのか、あるいは「自分の音楽はロックなのか、ニュー・エイジなのか、何だと思うか」「うむ……少なくともニュー・エイジとは呼ばれたくないような気はする」といったことまで。

  • 備忘。以下、リンク先はすべて davidsylvian.net 内。1988年4月17日のセット・リスト、および今回の2004年4月24日 "Fire in the Forest" セット・リスト関連ニュース記事によれば、放映された分では当日の演奏から3曲カットされた由。また、"Wasn't I, Joe?" で使われた科白のような女性の声は、Samuel Beckett のテレビ向け書き下ろし(?)作品から採ったものらしい。記事から張られたリンク先は移転して、本稿執筆時現在「Eh Joe[:] A Piece For Television [by] Samuel Beckett」(Brad Colbourne さん転記(?))にある。

  • 同じく備忘。davidsylvian.net のコンサート記録に寄せられたコメントを読むと、2001年10月来日時の "Everything and Nothing" ツアーもかなり出来が良かったようだ。この時私は何をしていたのか? 来日していたことさえ知らなかった。9.11の余波で、当初9月の予定が繰り延べされたらしい。

  • なお1988年のツアーは、たしか当時のFM東京が東京公演のどれかを録音、放送した。以下はそれにまつわる余談。

    この放送局によるライヴ音源の扱いがひどいことになるのは、1970年代末期、Camel 東京公演(それも自分が偶然行った夜のもの)の演奏生録音の“上”に、小説 Snow Goose を模倣した下手くそなラジオ・ドラマを被せるという暴挙を犯して以来、私の裡では揺るぎない確信になっている。このあまりといえばあまりな、「本当にバンドに許可を取りつけてそんな無茶をやったのか」的企てに文字通り怒り心頭に発した当時の私は、まだほんの子供だったが、それでも憤懣遣るかたなく、葉書1枚にびっしりと抗議文を書いて局宛に投書した。杜撰さに呆れる放送番組は多いが、後にも先にも抗議の意思を局側に直接表したのは、この時だけだ。当然あちらからは何の音沙汰もなかった。

    ご多分に洩れず、David のライヴもたしか僅か60分か、CMを除いてせいぜい正味80分くらいの放送枠で、好演を期待できた長尺のインストゥルメンタルをバッサリ切り捨てていた。最低とは言わぬまでも碌でもない選曲と編集のせいで、せっかくエア・チェック(死語ですか(苦笑))したテープも当然誠につまらぬものに成り果てて一向に愛着がわかず、その後行方知れずにしてしまった。

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