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『吉田一穂詩集』(加藤郁乎編)

あゝ麗はしい距離(デスタンス)、 つねに遠のいてゆく風景…… 悲しみの彼方、母への、 捜り打つ夜半の最弱音(ピアニツシモ)。

吉田一穂 「母」 (全、パーレン内は本来ルビ)

標記の詩集が、加藤郁乎編で先月(2004年5月)文庫で出た。自宅近くの充実した品揃えを誇る書店にはなぜかなく、昨日ようやくターミナルの大型書店にて入手。編者による「解説」を読むと、加藤さんは1951(昭和26)年以降、詩人に長らく師事(と言っていいものか?)された由。400字詰で15枚程度の短い文章ながら、吉田一穂の詩業と人となりを伝える印象的なエピソードを綴って十全。短詩形の作家には達意の文章を書く人がさすがに多いことをまた確認できた。

上掲の「母」は、おそらく詩人の作品のうちで最もよく知られたものではないか。処女詩集『海の聖母』の劈頭を飾っていた詩篇だそうで、この文庫版でも巻頭に置かれている。私が吉田一穂のことを知ったのも、これを引用した評論だった。この詩(の第二連のみだったか)を、同じく恐るべき喚起力を持つ

数個の
母の分裂を浄めることへの
執着

という、稲川方人の詩集『償われた者の伝記のために』(1976)の詩句(冒頭と末尾に出る。前者は正確には扉の対向頁、ページ左右中央上方にエピグラム様に印刷されていた。上掲引用のとおりの行分け。一方、末尾のものは「数個の」の後に読点を付し一行にまとめられている)と並べて示し、稲川の詩を論じていた(たしか『現代詩手帖』所掲、執筆者その他の詳細をすべて失念)。稲川のこの詩集をすぐに探したが、当時すでに書店店頭にも古書店にもなく、同じく吉田一穂の作品もなかなか読めない時代だった(後述)。

本書「解説」の前に年譜が置かれてある。そのなかの1921(大正10)年、詩人23歳の項:

五月以降、実業之日本社との交流が始まり、同社の雑誌「日本少年」「小学女生」に童話や童謡を発表し始める。以後、大正年間の一穂の原稿生活は、その大部分が「小学女生」および「小学男生」、両誌の休刊後は「幼年の友」(いずれも実業之日本社発行)によって支えられる。……

これ以前、そもそも吉田一穂は歌人として出発したそうだ。少年文学や童謡の分野での詩人の仕事についても、恥ずかしながら私はまったく知らなかった。

検索エンジン経由で。斉藤佐知さんのウェブサイト「斉藤佐知 絵画ギャラリー 「白銀屋」」には、吉田一穂の童話集『ぎんがのさかな』(1941)から「一つぶのむぎ」、そして『かしの木とことり』(1944)から「ひばりはそらに」に画題を取った斉藤さんのパステル画が、力強い線と深みのある色彩で一穂の文章とともに掲げられている。

書誌は、加藤郁乎編『吉田一穂詩集』(2004年5月、岩波書店(岩波文庫)、288頁。本体価格760円)。3篇の「随想」と各詩集の序や跋、年譜を含む。

『定本 吉田一穂全集 I』と眼高手低

この文庫版詩集の底本は、想像していたとおり小沢書店刊『定本 吉田一穂全集』。私は学生時代、アルバイト先の最寄り駅から歩いて数分の、線路沿いに看板を掲げていた古書店でこれの第1巻だけを買った。思潮社の現代詩文庫に吉田一穂の巻が加えられたのが(いま改めて調べてみると)1989年で、それ以前たぶんかなり長い間、詩人の作品は手軽には読めなかったように記憶している。だから『定本……』は当時どうしても欲しかったのだが、ご多分に洩れず金がなく、少しでも安く買いたくて古本屋を探し廻っていた。

『定本……』を買い求めた古本屋のご主人は、お見受けしたところ古稀に近い年配で、どうやらご自身詩作をなさる方だったらしい。店の奥へ本を持って支払いに行くと、「こういうのがお好きですか?」と気さくに話しかけられた。「ここしばらく、どうしても読みたくて探していた本なんです」と、“掘り出し物”(当時は新刊でも買えたわけで、実は“掘り出し物”でもなんでもないのだが)を見つけて昂揚した気分のままこちらが答えると、「そう。こういうのが流行るんですかねえ」「それはまたどうして?」「まあ独特の世界があるのはわかるんだけど。どうも私の好みじゃなくてね」「ほう。どういう詩人がお好きなのでしょう?」「亡くなってからあっという間に読まれなくなってしまったけれど、丸山薫とか村野四郎とかが僕は好きなんですよ」「なるほど」。

実際の会話はさすがに忘れてしまったが、こんな調子で詩の話をしばらく交わした。「交わした」というよりも、弱輩の自分が大先輩のお話を拝聴したといったほうが正確だ。年齢の差はおそらく半世紀に近い。ご店主は、なにしろ若造の私が知らない昭和詩を身をもって経験していらした方だ。店頭での立ち話のはずが、お茶をふるまっていただいていつしか小一時間、恐縮した。

話は続く。「がんこうしゅてい……って言葉、ご存じかな?」 また無知を晒すが、知らなかった。「“眼高手低”と書くんですよ。見識はそれなりに高いし批評眼もまあ確かだけれど、実作は下手。どうも僕がみるところ、最近の詩人は眼高手低の人が多いように思うなあ」。ここでご主人は具体名を挙げられた。弱輩の私も大いに肯く人選で、その詩人に対して当時の自分が漠然と感じていた印象を言い表すこんな的確な言葉があるのかと感心し、記憶に強く残った。これ以降、自分が図に乗っていないか、随時この言葉を思い出して自戒にしようと努めてはいるが、それはまったく奏功していない。

『定本……』版元の小沢書店は、通俗的には名前が売れていないが実力を具えた文学研究者や詩人、作家の本を多数上梓していた。すでに2000年9月に倒産/解散していたことを、間抜けなことに版元の公式サイトがあるかとウェブを今回検索してみて初めて知った。うむ……。

その後、この古書店はいつか再訪してみようと思いながら果たせていない。ご主人はご健在だろうか、微妙なところだと思うと悔いが残るが、元々そのアルバイト先はずいぶんと遠く、仕事がなければ足を延ばすことがほとんどない土地だった。探し廻り、虎の子をはたいて手に入れた『定本……』も、この今はなき版元特有の丁寧な造本(それに限らず、全集の類はなかなか気軽に寝転んで読むというわけにはいかない)がかえって扱いにくく、入手したことで妙に安心してしまったせいもあり、結局は書棚に入れっぱなしになってしまった。

要するに私は、青二才の頃に吉田一穂の詩のほんの一端にノックアウトされ、その後は碌に肝腎の作品自体を読むことをしないままだった。情けないかぎりだ。文庫という判型は本当にありがたい。これからしばらくの間、寝る前にでも一篇一篇を味読してみよう。読んだことのない一穂の童話や短歌は、『定本……』(全3巻、別巻1で、完結まで相当の時間がかかった)の他の巻に収録されているようだ。図書館で借りられるだろうか。

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