歌詞を誤読する:Peter Gabriel "No Way Out"
あなたのシャツの色がかぐろくなってゆく 肌が青ざめていくにつれて あなたが金魚を高く掲げたさまを思い出す ビニール袋の中をぐるぐる游ぐ金魚 ビニール袋の中でぐるぐる游ぐ金魚 お祭のまばゆい照明にかざして見ていた あまり高く掲げすぎて 手を滑らせて落としてしまった 私たちはそこら中を探したのだった
拙訳を掲げてみたが、これではこの曲の良さが台無しだ、と我ながら思う。原曲(とその歌詞、Up (2002) 所収)はこんな下手な訳詞から想像されるほどへなちょこではない。レヴュウの多くが指摘しているように、曲調や歌詞の内容が "Red Rain"(So (1986) 所収)にそっくりであろうと、ひいてはアルバム全体がどこか常に過去の自身の音楽への自己模倣のにおいを発していて悲しくなろうと、この曲のこの箇所にさしかかると聴いていてひどく切なくなる。
Peter 本人のコメント
この曲について Peter 本人は、公式サイト内、Moon Club(要サイン・アップ)-->「video」で見ることができるインタヴュウ(2002年付。アルバム・リリース前のプロモーション素材のひとつと思われる)で、こんなことを言っている:
〔イントロの軽いディストーションがかかった短いギター・ソロに関して〕ずっと“サーフ・ギター”が好きだった。僕にとっては最も想像をかき立てるギター・サウンドのひとつだ。
この曲では Chris Hughes が SuperCollider というものでプログラムしたドラム・ループを使っている。“粒化”(? granulation)というテクニックを用いているんだけれど、音の塊をバラバラに細分化してしまうんだ。でも出来上がった音はすごくいい。Chris はいい仕事をしてくれたと思うよ。このリズムにはとても満足している。
ドラマーになり損ねた人間として、たぶん多くの人がご存じのとおり、僕は相当のリズム狂い、ドラム狂いといってもいい。たしかこの曲では4人がパーカッションに関わっている。Steve Gadd がブラシ、Manu Katche がドラム・キット、Dominic from Reef [= Dominic Greensmith?] がタム。Dominic を僕らはよく知っている、いつもここでリハーサルをしているからね、すごいドラマーだ。最後に、僕には頭のなかで聞こえている音がまだあったので、自分でタムを加えた。でもこうしたことすべてひっくるめて、創っていくのは楽しかったよ。
「Moon Club Preview Phase 1 - Preview 3 - No Way Out」での発言
1950年生まれの Peter は、もう50代半ばを迎えて髭も白い。以前来日した時に(あれは何のライヴだったか? 屋外会場で、多数の日本・外国のバンドと一緒に出た、たしか何かのアピールの催しだった)、バンド・メンバーのほぼ全員が長い金髪のかつらを被って登場し、1曲目の冒頭でいっせいにかつらを取って放り投げ、剃り上げた頭を出す、というお笑いパフォーマンスを披露して茶目っ気を見せていたのを思い出す。見た目からは年齢相応にずいぶんと落ち着いた感じを受けるけれど、あなたのヴォーカルの、高音域でシャウトする時のざらついた質感や、弱音でささやくように歌っても圧倒的な存在感は全然変わりませんね。
上掲インタヴュウに出る「SuperCollider」とは「SuperCollider: A real time audio synthesis programming language」のことなのでしょうか? ざっと眺めてみたのですがさっぱりわかりません(音声などのデジタル処理用言語? ご存じの方がいらしたらご教示いただければ幸甚です)。
Peter の公式サイトでは、これ以外にもさまざまなヴィデオや音が視聴できる(映像は要QuickTime)。内容も随時アップデイトされているようで、今年4月には2003年北米ツアーの模様を収めた Peter の娘さん Anna の監督によるドキュメンタリ映像(『Growing Up on Tour』と題してDVDで発売される(されている?)ようだ)のプレヴュウ素材も公開された。同ツアーで廻った会場ごとに撮られた、約2,3分の尺のコメント・クリップ(十数本あり)も見られる。熱心なファンはとっくにご承知のことと思うが、プロモーション素材の背景に流れる曲には、アルバム収録の最終形とミックスやテイクが微妙に異なっているものもある。こうして映像を見ていると、また来日して日本でライヴを見せてくれないだろうかと思うが(6月から約1カ月、英国・欧州ツアーが始まるようだ)……無理なのかな。
さて、以下は標記のネタに戻って、大好きなこの曲の歌詞をいかにとんでもなく誤読していたか、その恥ずかしい錯誤のありさまと、リリース後1年半以上経ってようやく正しい(?)解釈へたどり着いた顛末です。「続きを読む」に追い込みました。
とんでもない誤読
母語で書かれたものでも詩歌/韻文はむずかしい。意味はまだ辞書でどうにかなりそうな気がするし、実際にどうにかなることも多いが、構文は母語ですらしばしば係り具合などに途惑う。外語になるとなおさらだ。そうして些細な誤読が積み重なり、全体を完全に誤解してしまう。とくにやっかいなのが人称代名詞(と指示代名詞、また定冠詞付きの名詞)だ。「あなた(you)」は誰だ? 親友なのか、家族なのか、恋人、神様、誰でもない人? 代名詞で名指される人間たちの続柄も関係の濃淡も、しばしばまったくわからない。
この曲の歌詞(公式サイトには全文が出ている)は、叙景が多くを占めている。その点ではさほどわかりづらくはない。
横たわる人(figure)の周りに人垣ができ始めるのを目にした/誰かが電話をかけに走る/その人(the man〔しかし誰のこと? 前出の横たわる "figure" を指すのか?〕)がべったりと前のめりに坐り込む/私は胸苦しくなる/引き込まれてゆく(? I'm drawn in〔息が詰まる?〕)のがわかる/あぁどうかお願いだからあなたではありませんように
私たちを見捨てていかないで/お願いだからこんなふうに置いていかないで/私をここへまた置き去りにしないで/私はあなたを見捨てたりしない/他に誰もいないから/あなたは私たちを見捨てはしない/出口はないから
"No Way Out" 1番歌詞(趣意)
このあと、本稿冒頭に掲げた拙訳の箇所へ続く。サビのリフレイン(上掲「見捨てていかないで」云々)はほとんど同じだが、公表されている歌詞(私が買った外盤には歌詞は掲載されていなかった)を見ると、
(あなたの目には力がある/血もまだ温かい)/(心臓も強い/大丈夫)/(脈を感じている/私が手を握っていてあげる)
という歌詞が隠れている(この括弧書きの部分は、歌詞を確認後の今でも私の耳にはほとんど聞こえない)。
だいたいこんな内容の歌詞なのですが、ここに出てくる「あなた」「私」「私たち」は誰のことで、お互いどんな関係だと思われますか? そしてこの歌は何について歌っているのでしょう? 私にはさっぱり見当がつかなかった。歌詞のハード・コピーをとって文字で読んでみても、とくに手がかりが増えるわけではない(国内盤のライナー・ノーツには何か解説してあるのでしょうか?)
私は、とりわけ複数形の一人称「私たち(us)」に引きずられていた。倒れた人影の周囲に集まる人々、ひざまづく男(実は“kneel on the ground”は正しくは「土下座する」という意味らしいのだが、ずっと「ひざまづく」と誤読していた)、逃げ場はないから見捨てないでくれ。そういった断片から、漠然と受難や祈りといったキリスト教的/宗教的な意味合いを読み取っていた。“お祭のまばゆい照明にかざされた、透明なビニール袋の中の金魚”という彩り鮮やかな図柄は、この惑星という閉じた系の暗喩なのかとも思っていた……全部間違っていたようです。
Peter 自身が意図していたもの
この曲を収録したアルバム Up の完成までの詳細な記録が、David Pye(?) さんのサイト「David's Contents Page」(大胆なタイトル(笑))の「The Making Of Peter Gabriel's 'UP'」以下にまとめられている。Peter Gabriel 関連の公式ウェブサイト所掲の記事、メイリング・リストやネットニューズの投稿などからさまざまな記事を集めてまとめ上げた、大変な労作です。Moon Club のヴィデオ・クリップでの Peter の発言も(どうやらもれなく)文字に起こして転記されている。
"No Way Out" に関しては、David さんのこの曲についてのページ冒頭にこう書いてある:
Virgin〔レコード・レーベル〕のプレス・リリースでは、「この曲は“ビニール袋の中の”普通の生活が交通事故によって引き裂かれてしまう」と述べられている。
続いて Peter のヴィデオでの発言:
〔さまざまな経緯と長い曲作りとリハーサルを経て〕この曲は結局、死と死ぬこととについての歌になった。同じテーマを扱った曲は他にも2,3曲〔今度のアルバム=Up に〕入っている。ちょっといい、楽しいテーマでしょ? だけどこの曲はどちらかというと人間全般(people)についての歌かもしれない。
うむむ……交通事故。自分の誤読はあまりに大仰だったか(泣)。音盤からはほとんど聞こえないリフレインの対句部分が効いているわけですね。でも、これでそれなりに納得できました。「私たち」は残された家族のことなのだろうか(実はまるで納得していない?(苦笑))。
誤読の自由などと、それこそ大仰なことはここでは言わないようにしよう。とにかくこの曲が好きだ。こんな終わり方の末尾まで本稿におつきあいくださった方、改めて感謝します。
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本稿でつらつら述べた疑問が長らく解決できなかったため、Peter Gabriel に関するウェブ上のリソースについては調査不足で、定番があるのかよくわからない。いちおう今回いろいろ拝見したところのうち、とくに充実していると感じたサイトを以下に挙げる。(なお、日本語での Peter Gabriel 関連の定番サイトについても、もしご教示いただければありがたく存じます)
上掲のとおり Peter Gabriel の公式サイト。ただしこのサイトは全般に重たく、ユーザ・インタフェイスもきわめて使い勝手が悪い。また陽に文字コードが指定されていないため、日本語を表示できるブラウザ環境ではアポストロフィから後ろの数文字分が文字化けすることが多い。現在、サイトのトップへ飛ぶと上記のドキュメンタリ DVD 関係のポップアップが出るのも鬱陶しい。
ヴィデオ・クリップなどを視聴するには Moon Club というところへ登録する必要がある。現状ではとくに課金などはないが、将来的には有料会員クラスを設け、ライヴのチケット優先販売などをする予定らしい。登録するとメーリング・リスト(Peter および彼が長年携わっている“ワールド・ミュージック”関連)の購読を勧められるが、後から購読停止もできるし、まったく購読しなくても構わない。
もう一方の Peter 関連の公式サイト「RealWorld」も、ほぼ JavaScript と Flash 必須で、インタフェイスも Peter 個人のサイトと同種の使いづらさを感じさせる。とにかくナヴィゲィションがしにくく、目的の情報の所在がひどくわかりづらい。
……と悪口を言ったが、Peter の公式サイトで見ることができるヴィデオ・クリップは作り込まれた上質なものが多い。お薦めです。
同じく上掲、David さんの労作「David's Contents Page」。すでに Peter の次回アルバム I/O(仮題?)についてのドキュメンティションも始められている。
Up に関する、私が読んだかぎりで最も優れた(ウェブ上で読める)アルバム・レヴュウ。Jeffrey Overstreet さん執筆、2003年12月4日付。この「The Phantom Toolbooth」というサイト自体は「キリスト教的視点からの音楽その他への入口」と謳っているが、他のページも一部斜め読みしたかぎりでは、それほど宗教色が強烈なわけでもないという印象を受けた。もっとも随所に出ていることは出ている。
Peter のファンによるサイトとしては、どうやら「solsburryhills.org」が定番のようだ。随所に他のウェブ上リソースへのリンクが張られているが、残念ながらデッド・リンクになっているものも多い。
Peter の Genesis 脱退以降の活動も、「A Genesis Discography」でフォローされている。歌詞も読める。凝ったサイト・デザイン(以下略(苦笑))。どうしてこういう感じのサイトが多いのか……。
いささか宣伝臭がするが、シンセサイザで著名な KORG のサイトには、Peter と彼が所有する RealWorld スタジオのエンジニアとのインタヴュウあり(邦文)。
冒頭の画像は、これまでも幾度も利用させていただいている「stock.xchng」に投稿された、phreekdog さん(リンク先は同氏撮影作品のポートフォリオ・ページ)の「nero_02: nephew's goldfish」。記して鮮やかな写真に感謝します。