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小林健二『ぼくらの鉱石ラジオ』

『ぼくらの鉱石ラジオ』挿絵

著者やその本のことはほとんど知らないけれど、書店店頭で偶然目に入り、途端に頭に血が上ったようにフーっとした心持ちになって手に取る。ざっとページをめくり、「ああ、これだ。これでいい」と、人前なのでこっそり頷いてそのままレジに持っていく。なにかとても“いいお金の使い方”をしたような気がして、ゆっくりとその本を読むことができる場所へ早くたどり着きたくて浮き浮きする……本とは、そんな倖せな出遭い方ができることもある。

『ぼくらの鉱石ラジオ』という本は、まさにそんな偶然で出遭った。以前ちょっとふれたのですが、私は放送メディアのなかでもとりわけラジオに惹かれ続けています。トークや映像はあってもいいが不可欠なわけではない。送り手側の“顔”がみえる部分がどこかにあってほしい。無線でなくても構わない。(こうした理由をあらかじめ考えていたわけではないが、これまでのいくつかのエントリでネット経由のほとんど音楽だけのストリーミング放送を取り上げたのも、そういうわけだったのかもしれない)。

掲げた図版は、標題書「はじめに」末尾に添えられた挿絵。「こころのなかの少年少女たちへ」と題され、さらに図版下方に「IN TUNE WITH THE INFINITE」〔無限と同調して〕とキャプションが付してある。詳細は後述。

配慮の行き届いた、魅力的な造本

だから、この本の書名に惹き付けられる要素を私は元々もっていたわけですが、それにしてもこの本はその佇まいから魅力に溢れていた。蜜柑色のカヴァ、表紙には水彩の枠画の中央に写真を切り抜いて配したアンティークなラジオ受信機。木製の筐体中央には大きなチューニング・ダイアル、上部には結晶を収めた半透明のドーム型チューブを戴いている。ページを開くと、淡いクリーム色の用紙に凝った版面設計。罫線を多用し、ノンブルも大きめだし、小口(本を見開きに置いたときに外側にくる方)の側、天地中央にループ・アンテナやハンド・ドリルなどを線描した小さなイラストを使っているが、全体として決して小うるさくなっていない。そして、多数の写真と図版、魅力的な、古みを帯びたラジオ受信機のカラー口絵。見返し(表紙・裏表紙の裏側とその対向ページ)にも、20世紀前半の感じでいっぱいのレトロな広告。どれもラジオ受信機や鉱石検波器をイラスト入りで示している。

内容はといえば、ラジオ放送の簡単な歴史から、ラジオ受信機の原理、必要な工具のわかりやすい紹介を含む鉱石ラジオの懇切丁寧な自作ガイド、著者の小林健二さんのラジオにまつわる少年時代からの思い出と鉱石ラジオをモチーフにした作品多数(小林さんは主に美術作品を作っておられるようです)。そして巻末には、材料入手法やラジオ製作に役立つチャート類、参考文献のリストまで。自分の裡にいつもいるらしい“工作少年”を呼び覚ますような、盛り沢山な情報の数々。回路図と製作プロセスの詳しい写真図解付きのラジオ作成「プロジェクト」も9つ収められている。

鉱石ラジオ(crystal [radio] set)は、本書によれば、アンテナで受けた電波から、必要な周波数のものを選び、さらにそのなかから音声成分などを選別し、音に戻すという、ラジオの回路構成の、空中線・同調・検波・受話という4つのフェーズのうち、検波(音声成分の選別)のところに紅亜鉛鉱をはじめとする鉱石・結晶を用いるもの。電源は不要というのも魅力で、子供のころに作ったゲルマニウム・ラジオも電池不要だったように記憶しているが、外からの電力供給なしでちょっと調整すると放送がイヤフォンから聞こえてくるのは、なんとも不思議な感覚でした。

“単なる工作マニュアル”を超えた魅力

歴史的背景を述べ、物理的な動作原理を解説し、作り方をわかりやすく書く。鉱石ラジオ自作への手引書としてはこれだけでも十分なのかもしれない。しかし、おそらくこの本の魅力は、単なるマニュアルにとどまらない剰余の部分にあると思う。全篇に、ラジオという(ゆるやかに過去のものになりつつある)道具が象徴するコミュニケーションのひとつのあり方、そしてオブジェとしてのラジオ受信機そのもの、それらへ著者が寄せる愛情と愛惜の念が溢れているのだ。たとえば、本書「おわりに」のこんな一節:

もはやどんなに時間が過ぎ去っても、ぼくらとこの鉱物の結晶をとおして電磁波による通信を翻訳してくれる受信機との関係は、今後すこしも変化することはないでしょう。この変わらない現象との巡り合いが人々の心にひとつの安心感をよみがえらせ、穏やかで懐かしい風景を呼び起こしてくれることをぼくは期待してやみません。

かつてただ時間が流れている以外ほとんど何もないかのように見えたそれほど遠くない過去の日々に、この星のいたるところで目に見えない世界からの通信を受け取ることに憧れる少年たちが居ました。たかだか一つ、あるいは二つのあまり合理的ではなく見える鉱物たちによってもたらされる、離れた場所からの会話や音楽。小さな胸をわくわくさせて、彼らはいつの間にかこの宇宙の原理の裾野にきっと邂逅していたのです。……

この本の書名でウェブを検索してみると、ちょっと驚いてしまうくらいの数の言及が見つかる。しかも、飛んでいって拝見すると、電子工作やラジオ、アマチュア無線などに元々興味があった方たちだけではないようです。

私自身も、電子工作や無線に対する熱烈な興味関心があったわけではない。ラジオは前述のとおりずっと好きだし、1970年代中盤からしばらくの間、月刊誌が書店に流通するほどに盛り上がったいわゆる“BCLブーム”の時には、受信レポートを送ってベリ・カード(verification card, 「たしかにうちの放送を聴いたことを証明します」という受信証明だが、多くは絵葉書様の葉書の体裁で、魅力的な写真やイラストを使った美麗なものだった)を蒐集したりもしていた。しかし電子工作の経験は、小学生のころのゲルマニウム・ラジオのキット製作、それに雑誌記事に出ていたアンテナ・カプラ(受信アンテナと聴きたい周波数帯とのマッチングを調整する回路)を秋葉原で部品を揃えて作ってみたりした程度で、まったくの素人同然です。

そんな次第で、この本(ちょっと高くて、3300円もします)を文字通り熱に浮かされるようにして衝動買いしてからたぶんもう2年以上経っているのですが、まだ一台の鉱石ラジオも自作していません。ただただ、時々引っ張り出してきて拾い読みをしたり、掲載されている著者自作の「化石式検波器」(黄鉄鉱化したアンモナイトの化石を検波器に用いている。透明のガラス(?)容器に収納)や、茫と燐光を発する結晶が木製筐体の頭頂部と腹底部に収められた夢幻的な「サイラジオ」の写真を、それこそぼーっと眺めていたりするだけで、自分のどこかがやわらかくほぐれてゆく気分になれる。

本稿冒頭に掲げた図版は、画像のファイル・サイズと本サイトのレイアウト上の制約のため、縮小のうえトリミングさせていただいた。細部が潰れており恐縮だが、原書所掲のものでは、よく見ると右下に「WALTER DE MARI[?]S」と記名がある。(たぶん北米の?)山がちな田舎の一軒家、軒から庭木へと張ったアンテナ線の下で、部屋の窓から線を延ばして引き出してきたレシーバ(ヘッドフォン様のイヤフォン)で、少年がどこか遠くから届いた電波に夢中で聴き入っている、そんな情景を描いている。庭の雑草や遠景の山肌が明るいのは、月明かりに照らされているのかもしれない。上に引用した著者の一節、ひいては本書全体を象徴するような、素敵な図版です。

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  • 書誌データは、小林健二著『ぼくらの鉱石ラジオ』(1997年9月初版、筑摩書房、本体価格3300円、256頁)。私が持っているのは1998年4月で早くも初版7刷。版元の公式サイトは残念ながら検索機能が長らく「準備中」のままで使えないため確認できないが、オンライン書店ではまだ十分に入手可能なようです。

  • すでに本文中でリンクを示したとおり、本書の著者小林健二さんはご自分でウェブサイトを開設しておられ、標題書掲載のラジオ受信機も含め、小林さんのこれまでのお仕事をより詳しく知ることができる。Flash を使えるブラウザでは、サイト入口のところで要Flashのほうを選んでしばらく画面を眺めることをお勧めします。

    また、本書の関連では、小林さんのサイトからリンクが張られている「銀河通信」というサイトもある。こちらでは美しい色合いの結晶を母結晶から育てるキット(現在のところ、青色・赤色の2色だが、その他のものもすでに完成しており、キット化に向けて準備中とのこと)、鉱石ラジオ(銀河1型–3型、彗星1型と2型という命名)やループ型アンテナのキット、小林さんの作品集・著作カタログがある。

  • ラジオの技術史として、英文だが chris さんによる「Surfing the Aether - Radio & Broadcasting Technology History」がまとまっている。ラジオの動作原理などについては、「わたっち」さんの「わたっちワールド」のなかの「電波って?」。鉱石ラジオについてのサイトは多数あるが、たとえば Yosi さんの「鉱石ラヂヲの頁」。この Yosi さんの一連の記事のなかには、10円玉や米国の1セント・コインなど硬貨を検波器に使った試作記もあり、大変興味深い。

  • いろいろウェブ上で関連サイトを見てまわると、鉱石ラジオとその製作に限らないが、どうやら古いラジオとラジオ放送に関する最も充実したリンク集は、オランダの国際放送 Radio Netherlands の公式サイト中のコンテンツのひとつ、「Antique Radio」(英文)のようだ。ただし、最終更新が2002年11月で、すでにデッドリンクになっているところも散見するし、日本語によるサイトはリストアップされていない。邦文では、ここに掲げたリンクのうちの多くをそこからたどらせていただいた xtalradio59 さんの「XTALRADIO59's CRYSTALRADIO WEBSITE」のリンク集が詳しい。

  • 古いラジオ(vintage radio [sets] で検索してみてください)はアンティーク蒐集の対象にもなっているし、工業デザインの時代ごとの特徴が顕著に出ていて、見ておもしろいものも多い。Merrill L. Mabbs さんの「Crystal Radio Gallery」(Flash をオンにしたほうが楽しい)では米国の、また Vitaly Brousnikin さんの「Russian Old Radios: Red Star Radio Site」では1930年代からのソ連・ロシアの古いラジオ受信機の画像と解説が見られる。

    〔04年5月16日追記〕メモしておいて記事に書き写しておくのを忘れてしまっていた素敵なサイトが1件。John C Pelham さんの「RADIOPHILE.COM」にも、多数の古いラジオ受信機が落ち着いたレイアウト、美しい画像付きで詳しく紹介されている。随所に当時の広告のスキャンがあるのも興味深い。

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