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道玄坂の武満徹

これもまた他愛もない話です。

たしか浪人していた時だったと思う。平日の午後、予備校を適当にきりあげて、渋谷を友人と徘徊していた。道玄坂のヤマハとは反対側の歩道を、当てもなく我々むさくるしい浪人生二人が上っていくと、垢抜けない度合いではさほど自分たちと変わらないような、ヨレヨレのコートを着た小父さんとすれ違った。どこにでもいそうな、ちょっと影が薄い印象の、中年のくたびれた小父さんだ。細くなった感じの、白髪まじりのうすい髪がポサポサと乱れ気味だった。

「…………ん?」
「…………ん?」

友人と私は、すれ違ってふた呼吸くらいしてから同時に発声し、道玄坂を下って渋谷駅方面へそのまま歩き去っていく小父さんを振り返ってから顔を見合わせた。武満徹だった。

「ぶ、ぶまんてつっ……」

と友人が低く言い、二人で大いに笑った。

友人は子供の頃からピアノを習っていて西洋古典音楽に詳しく、もちろん武満のことも知っていた。おそらくいくつかの作品も当時すでにきちんと聴いていたと思う。私は、彼が世界的に高名な作曲家だということ、NHK-TVのドラマなどで時々担当していた音楽を聴くとはなしに耳にしていた、その程度の知識しかなかった。顔は、私のほうは文芸雑誌に載っていた武満の著書の広告写真で見知っていた。

何がおかしかったのだろう。とにかく不思議な気分だった。友人が武満の名前をわざと音読みにしたからだろうか。飾らない人であることが、文字通り一瞬のすれ違いだったが、われわれ若造二人にはよくわかった。令名とそこから勝手に想像する「偉い人」のイメージと、実際の武満とのギャップにおかしみを覚えたのかもしれない。

それから武満のファンになって熱心に作品を聴いたかというと、そんなことはなかった。武満のものだけでなく、ほんの僅かな数の作品(と演奏)を除いて西洋古典音楽にはどうしてもなじめず、楽理も音楽史も自分にとってはさっぱりのままだ。ただ、早坂暁脚本の、原爆症の薄倖な芸者を描いたNHK-TVドラマ『夢千代日記』につけた武満の音楽の、弦の旋律と響きはいまも印象深い。

1996年、武満徹が亡くなり、追悼番組をTVで観た。評論家の立花隆が番組の最後に、武満が亡くなる直前、音楽家としての彼にとって特別の意味を持ち大好きだったというバッハの『マタイ受難曲』全曲をFMで聴いていた話をして泣き崩れた。私は立花が武満とそれほどまでに親しかったことを、恥ずかしながら知らなかった。これもなぜだかよくわからないが、ひどく胸を打たれた。

(この追悼番組は多くの人に強い印象を残したようだ。ウェブ上でも記述がけっこうみつかる。なかでも Tenderness さんが書かれた日記(2000年7月25日「立花隆が語る武満徹・・言葉よりも語るもの」)は鮮やかだ)。

それからしばらくして、職場で親しくしていただいている西洋古典音楽愛好家の先輩にお願いして、武満の作品を収めたCD1枚と『マタイ受難曲』の3枚組を拝借して聴いた。武満のほうは「Air」というフルート独奏の曲が圧倒的だった。先輩は黄色いカヴァの付いたこの曲の楽譜も貸してくださった。学校教育で習ったところから一歩も出ていないので、私には楽譜はほとんどわからない。それでも演奏を聴きながらそれを眺めると、音符が五線譜の下から上へ自在に飛翔している。演奏には大変な伎倆が必要なのだろう。

東京に移ってこなければ、武満徹とすれ違うこともなく、その訃報を聞いてもこれといって感慨を持たなかったかもしれない。死者は残された人間たちの記憶のなかで生きる。そう言ってしまえばあからさまに恰好をつけ過ぎだが、生身のその人を偶然目にしてこちらに残った記憶は意外に強靭だ。

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  • 豊富なコンテンツの中から、武満徹追悼番組についての日記への直接のリンクをご快諾いただいた Tenderness さんに感謝します。ありがとうございました。「リラックスアートの Tenderness」というサイトを運営しておられます。鮮やかな色彩とやわらかい線によって描かれた素敵な画多数。リンク先をご覧いただければおわかりのとおり、書き物も実に達者です。私ごときが僭越ですが、お薦めです。

  • ご存じのように武満徹には多数の著作があるが、私はいずれも未読。中野洋一さんのサイト「Toru Takemitsu, his music and philosophy」では、詳しい年譜と著作目録、主要CDディスコグラフィなどが公開されています。ウェブ上のリソースをさらにご存じの方、ご教示いただければ幸甚です。

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武満徹で年を越す:『日本作曲家選輯 Toru TAKEMITSU』
正月も半ばにさしかかってこんなタイトルで記事を書くのは、実に間が抜けていますが……。2005年初回更新にあたり、ついでのようで誠に失礼ながら、本年もよろしくお願い申し上げます。去る大晦日深夜から元日暁闇にか
from Night rain, in winter... | at 01:48 on 2006/08/04 |
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