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粋な文人学者:奥野信太郎

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芋蔓式読書

(ハイパーテキスト)リンクというと今風なのだろうが、従来の日本語にも「芋蔓式」という言い方がある(あった?)。今はほとんどどんなことについても、ウェブで検索すれば何がしかの記述、画像や音までもがみつかる。ウェブに載せられた情報をいくつかあたれば、なんとなく見当がつく。しかしこうなる以前は、おもしろい本や書き手を探す有力な情報源は、本好きの間での口コミが筆頭だった。そして、口コミと同程度かおそらくそれ以上に「当たり」が多かった(今も多い)のは、気に入った著者の年譜に出てくる著者周辺の人々や、著者が書いたもののなかで言及されている他の人たちの書き物を読んでみることだった気がする。

柴錬から奥野へ

奥野信太郎の随筆に出遭ったのも、この芋蔓式読書のおかげだった。私の場合、奥野へと到った根元はシバレン柴田錬三郎だ。通勤の行き帰りの暇つぶしになればいいか、という軽い気持ちで、古本屋でセット売りしていた新潮文庫『眠狂四郎無頼控』全6巻を買って、読み始めたら止まらなくなり、入手可能な眠狂四郎物をすべて手許に揃えて何度も読み返すところまでいくのにあっという間だった。図書館で柴錬の選集を借り出してきて、彼の慶應義塾・中国文学科の学生時代のことにふれたエッセイなどを読むうち、佐藤春夫とならんで幾度か奥野信太郎の名前が出てくる。

もともと、武田泰淳や竹内好や石川淳など、中国に/中国を学んだ人たちの書いたものには、明晰達意の文章が多いな、という漠然とした好印象を抱いていた。小説もエッセイもおもしろすぎかっこよすぎる柴錬の、師匠筋にあたる人が書いたものなら、これまたすっきりとおもしろいに違いない。勝手にそう見込んで図書館蔵書を探すと、何冊かある。結局、柴錬にハマったのと同様に、しばらくは奥野信太郎熱に浮かされ、借りられる本は全部借り、これはという本で今でも手に入るものは買ってきて、毎晩寝る前に読む数篇の随筆を無上の楽しみにした。

凱南先生略歴

年配の方のなかには、テレビのワイドショーなどでこの人の姿や語り口を目にした方がいらっしゃるかもしれない。比較的最近出た、奥野の母校が編んだ(らしい、編集協力者のお名前は挙げられているが、編者の明記なし)『奥野信太郎中国随筆集』(慶應義塾大学出版会、1998年)の奥付には、このように紹介されている:

中国文学者、慶應義塾大学教授、号、凱南。明治32(1899)年、東京生まれ。昭和43(1968)年、歿す。中国文学の豊かな学殖を謳われながら、「論文」を好まず、もっぱら滋味深い随筆に真面目(しんめんもく)を示す。座談の名手としてラジオ・テレビに活躍した異色の文人教授でもあった。著書に『随筆北京』……〔引用者後述のため略〕など多数。

私は弱輩であるせいでテレビ・ラジオに出たこの人を直接知らないが、ずいぶんマスメディアに露出した人だったらしい(……が、活字のみを通して知ることができたことをかえって幸いだと個人的には思っている)。

一度この人のまとまった評伝を読んでみたいものだが、著作の随所で自らふれている生い立ちによって(私ごときが畏れ多いのだが)補うと、こんな感じになるだろうか。

明治後期の生まれだが、家庭の方針で子供の頃から漢文素読を課せられ、お定まりの儒学関連の古典を読み進む。いっぽうで東京という都会に育って芝居に熱中し、また同時代の世界・日本文学と日中の古書とを渉猟する。のち、1930年代中盤に北京(北平当時)に留学、かの地の人文・風土に直接ふれる。母校の慶應で中国文学科の創設に関わり長く教鞭をとり、多くの随筆集を物し、新聞・週刊誌など活字メディアと放送でも活躍。またこれは余計な話だが、ずいぶんと花柳の遊びもし、艶聞も絶えなかったようだ。

透明感と艶と

私が凱南先生の随筆に魅せられたのは、その文章がまったく奇を衒わず平明なこと、そして澄明で上品な艶があることによる。おそらく自分の野暮からくる憧れにも負うのだろうが、都会の恵まれた(のだろう)家庭育ちに特徴的な、趣味の良さにも感心する。なにより、彼の筆が描く北京は美しすぎるほど美しい:

ほとんど夢の中の街のような気がしませんか。宮沢賢治が鉱物の比喩を使うときの鮮やかさと透明感にも似ている。

そしてまた、大いに遊んだ人なので、もちろん色気と味も十分具えている:

この「秋の月」はわずか原稿用紙7枚ほどの小品だが、杜甫と謝霊運という二人の詩人の特色を論じている。その評価の妥当性は碌に漢詩を読んでいない私には判断できないが、そこへ色恋の話を絡め、下谷の豚カツ屋にふらりと入った後タクシーに乗って帰る道すがら目にした月を描く。この「女」の話というのも、何となく当時の凱南先生とただならぬ仲のような雰囲気を匂わせつつも、文中では二人の詩人の資質の違いを説明するにあたって男女間の気持ちの機微にたとえるべく導入されており、きちんと役割を果たしている。巧みだが、厭味がない。

これで凱南先生の随筆がもつ魅力の十全な紹介になるとはとても言えないが、本稿を読んでくださった方にその一端でも伝われば幸甚です。一般的にエッセイは、時事がらみになりがちで古くなるのも早い。マスコミに露出度が高かった人の場合はなおさらだ。だが、奥野信太郎の場合は、私が7,8冊の随筆集を読んだ限りでは驚くほどハズレが少ない。「満足できなければお代を私が立て替えます」くらいのハッタリをかましたいくらいです(スミマセン、かましませんが(笑))。

本稿標題には「文人学者」としたが、弟子筋にあたる人たちが凱南先生の著作に寄せた解題・解説の類を読むと、どうやら本業の中国文学に関する学術論文は奥野には実際少なかったらしい。また、かなり数多くの随筆集が上梓されていることを考えれば、これでバリバリ論文まで書いていたとすれば超人的と言うべきだろう。だが、学者としての「業績」がどうであろうと、昨今は文人と呼ぶに足る大学人は死滅してしまったに等しい。大学に限定せずとも、作家はいても文人もまたほとんどいなくなってしまった。淋しいかぎりだが、凱南先生は往時を偲ぶには好適の人だと思う。

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  • 奥野信太郎の著作は、現在かなり入手しにくいようだ。本稿に表紙を掲げた『奥野信太郎中国随筆集』(慶應義塾大学出版会、1998年、2300円)が最も確実か。

    ほかに同書奥付略歴にもあった『随筆北京』(平凡社東洋文庫、1990年)、そして『藝文おりおり草』(同、1992年)の二著は、電子化されてオンラインで購入可能になっている(私は印刷されたものを書店店頭で急いで買いました……東洋文庫で欲しいものは早い者勝ち(笑))。

    また、論創社という版元から1980年代に『中庭の食事』『居酒屋にて』『女へんの話』『故都芳艸』『東京暮色』『寝そべりの記』という随筆集成(として当初企画されていたらしい?)が出されていたが、入手困難。今はなき福武書店から『奥野信太郎随想全集』全7巻(1984年)があるが、これも図書館か古書店にあたるしかないようです。

    さらに、近刊では『女妖啼笑』(講談社文芸文庫、2002年、1200円)。しまった、講談社文芸文庫も単価は高いしほとんど刷り切りで売切れ御免なのに、これは私は未入手でした。

  • ウェブ上でも、古書店目録などを除いて残念ながらあまり検索にかかってくれない。しかし以下に挙げるサイトには上質なリソースがあります。

  • 多数の文人・作家の墓を自ら訪問されて、墓碑の写真とともに簡潔かつ要を得た紹介を書き綴っておられる viento さんの文学者掃苔録。奥野信太郎の墓碑は東京の西麻布・長谷寺にあるそうです。「東京暮色」からの一節も引用されています。

    〔04年3月2日追記〕当方からリンクを張らせていただいた旨、事後ながらご報告と御礼のメールを差し上げたところ、折り返し viento さんから大変鄭重な返信を頂戴し、凱南先生の墓石の文字は書家・西川寧によるものとお知らせいただいた。ありがとうございました。北京留学時からの繋がりか、あるいは西川もまた慶應で教鞭をとったことがあったようなので、職場での繋がりでしょうか。それにしても、viento さんは「文学者掃苔録」をもう8年も運営しておられるそうです。写真・的確な引用と人物評、それに深い余韻を読み手に残す編集後記、どれもすばらしい。未見の方はぜひ。

  • 凱南先生の同じく『東京暮色』所収、戸板康二の劇評集2点の書評を、シ ブ い 本 ● 戸 板 康 二 ダ イ ジ ェ ス トで「ふじた」さんが紹介されている(● 奥野信太郎の『東京暮色』:『ハンカチの鼠』と『久保田万太郎』)。

    〔04年3月4日追記〕ふじたさんからも大変丁寧な返信を頂戴した。戸板康二と奥野信太郎が『藝能』という学会誌で「なかなかいい感じ」の対談を長らく連載していたこと、また、戸板康二『あの人この人』(文春文庫、ただし現在入手困難だそうです)に奥野信太郎についてのまとまった文章があることなど、お知らせいただきました。今後ふじたさんのサイトで、戸板さんの目と筆とを通した凱南先生の姿にふれることができるのを楽しみにしております。ありがとうございました。

  • 在東京・町田市の古書店のサイトJaBBeRWoCK(ジャバーウォック)のなかの「バスター吉田の知ったかぶりブックレビュー」で、「『友達とのつき合い方』 奥野信太郎と青柳瑞穂」と題して、慶應での学生時代からの友人であったこの二人の文人の紹介があります。

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