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Harold Budd: "Avalon Sutra"

My Piano 3 by d_sackvill, ad Harold Budd's Avalon Sutra

Harold Budd が関わった作品はいくつか聴いてきた。しかし改めて思い返してみると、自分が買って聴いた御本人名義のアルバムは、この Avalon Sutra で2枚目を数えるに過ぎない。1枚目は、もう20年以上(!)も昔、1984年の The Pearl(→関連拙稿)だった。“最後の作品”とされる標記の新譜(といっても、リリースはもう10カ月ほど遡る昨年2004年の11月)をしばらく聴き込んでみて、この2作の間に20年の時間が流れていることに気づき、驚く。Budd の音楽家としてのキャリアの比較的初期と終端とを垣間見たかぎりで私が受ける印象は、ほとんど何も変わっていない。(もっとも、いま述べたとおり、彼の作風の変遷を窺い知ることができるほど熱心に追いかけてきたわけではないので、この印象はおそらく確実に事実に反している)

新譜を聴いて驚いたことは、他にもいくつかある。1936年生まれだという Budd は、考えるともう古稀目前だ。全篇を通じて瑞々しく、ときにひどく切々とした響きを聞かせるこのアルバムの音から、彼のいまの年齢を思い浮かべるのは、実はかなり難しい気がする。

そしてもう一点、彼がアメリカ人であることをほとんど忘れていた。Budd は米国西海岸の生まれで、Death Valley で知られる Mojave(モハーヴェ)砂漠に育ち、子供のころ「砂漠を越えて吹く風が鳴らす電話線の音に感じ入った」(Wikipedia 英語版、同氏の項。同日本語版は、現時点では英語版の和訳のようだ)という。一方で、彼のコラボレィションの相手のほとんど(と言っても構わないだろう)は、Brian Eno を筆頭に英国のミュージシャンだ(った)。彼の地の気候とおりの湿り気とメランコリィがイギリスの音楽の多くに共通する特徴だとすれば、それらをふんだんに含んだ Budd の音楽が、カリフォルニアの乾いた砂漠を故郷としてもつ人によって創られてきたことは、それにようやく気づいた今、ひどく意外に思える。

The PearlAvalon Sutra

冒頭で「変わっていない」と書いた。「ブレていない」と言うべきだったのかもしれない。仔細にみれば、The PearlAvalon Sutra とではかなり違う。

たとえば使われている楽器の構成。The Pearl では、ピアノ以外はほとんどすべてシンセサイザ類(と思われる)で作られた音しか聞こえない。対する Avalon Sutra では、生楽器(ソプラニーノ/ソプラノ・サックスやバス・フルート、それに西洋古典音楽で標準的な編成の弦楽カルテット)がかなり前面に出ている。

また、前者に収録された曲はいずれも時々の心象スケッチのような印象で、各曲相互にさほど連関があるとは思えない。飜って今作は、一種の変奏曲集(variations)と呼んでもよさそうな構成になっている。主に Budd 自身のピアノと Jon Gibson の管楽器という共通の編成で、最初に "Arabesque 3" と名づけられた曲が置かれ、6曲目に "Arabesque 2"、11曲目に同じく "Arabesque 1" と、明らかに同じ動機(movement, と呼んでいいものか? リフ?)に基づくヴァリエィションが3曲配されている。類似の旋律の変奏、あるいはよく似たコード進行による曲は、弦楽四重奏団を加えた3曲目と、バス・フルート+ピアノの8曲目(さらに、おそらく5曲目と9曲目、さらには12曲目・13曲目も)と、全14曲のうちそれなりの割合を占めている。この結果か、Avalon Sutra は全体として統一感のある、非常にまとまりがある感じを受ける。

自分がそれなりに長い間くり返し聴いてきた唯一の他の Budd 作品を相手に立て、Avalon Sutra をいささか強引に対比させてみたが、それでもやはり「変わっていない」と感じる。ドローンがもたらす、雨上がりか、うすく霧がかかり草木の葉先に露を結ばせる薄明の時分のような潤んだ空気感のなかで、ポロンポロンと何か考えながら綴るようにピアノが鳴る。曲調はほとんどが憂愁を帯びたもので、あてどのない追憶を誘われる。もう20年以上も前に The Pearl を聴いて抱いたそうした印象は、今作にあてはめてもそのまま通じる。そして今回のアルバムでは、人の息がそのまま音と化す "wind instruments"(管楽器)や、ライヴな録音で擦れる音がときどき聞こえる弓と弦が、耳慣れたピアノ+ドローンという構成に加わって、聴き手に喚起する切実さというか胸に迫る感じ、どこか生々しくほとんど身体的な痛みを伴うような情感(恥ずかしながら適切な日本語が思い当たらないのだが、たぶん英語でいう "poignancy")は、さらに高まっているように思う。

As Long As I Can Hold My Breath

Avalon Sutra はCD2枚組だ。14曲・43分強の音盤にもう1枚、1枚目の最後の曲 "As Long As I Can Hold My Breath" (の一部)を延々70分弱にわたってループさせ、(たぶん1枚目の他の曲から持ってきた音を加えて)リミックスを施した、同名標題の全1曲を収めたものが“付いて”いる。よくある“初回プレス限定”などとは記されていないので、これは単なるオマケとして意図されたものではおそらくないのだろう。リミックスは Akira Rabelais(リンク先は同氏公式サイト)名義。CDスリーヴには「performed by...」として、Budd と Rabelais の名前が併記されている。

じつは私は、複数の音盤を買ってきた場合、実際に音を聴いてみる前に(まったくの想像で勝手に)「つまらなさそうな順番」を決めてから、最も期待はずれになりそうなものから先に聴いてみる習慣がいつの間にかついている。失礼ながらこの2枚組の場合は文句なくリミックスのほうが先で、プレイヤーに入れて「1曲・69分30秒」の表示が出たとき、正直なところ「やっぱり……参ったな」という気持ちだった。

実際に、いちばん最初に通してこちらの1枚を聴いたときは、1時間を軽く超える長尺はきつく、夜遅かったこともあって途中でついうとうとと居眠ってしまった。ところが、これまた幾度か聴き返して仔細に耳を傾けると、きわめて緩やかにではあるものの、徐々に徐々に音のどこかが変化しているのがわかる。原曲はほぼピアノとドローンのみでできているが、リミックスでは弦の音が加えられ、すぐにピアノに代わって前面に出てくる。また、原曲での背景音の一部には息づくように強弱の波が付けられていて、これがゆったりとループ全体を進行させる。微細な変化は、各パートの音量だったり、特定のフレーズの強弱だったり、(イコライジングによるものか、とくに弦の)音色だったりする。

なんとなく、あたかも(筋違いを承知で視覚的なメタファを使わせてもらえば)1枚目全体を幻燈機で映しておいて、スクリーン全体よりほんのわずかに強い光量のスポットライトのようなもので、当てる先をゆっくり動かしていったような印象を受ける。基本は反復なのでさすがにエキサイティングだとはとても言えないが、リミックスとしてはかなり出来がよいと感じた。

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毎度のことながら、私の書いたものはきちんとしたレヴュウになっていない。自分の備忘も兼ねて、いくつかしっかり書かれたものを(いずれも英文):

  • アンビエント音楽を含む電子音楽全般の月刊レヴュウ・サイト textura 内、04年11月号「Harold Budd: Avalon Sutra」(無記名だが、おそらく同サイト主宰 Ron Schepper さん執筆)。同文が音楽ウェブ・ジン Stylus Magazine 内、04年11月22日付レヴュウ(こちらは Schepper さん名義)にも出ている。

  • BBC Music、04年11月1日付レヴュウ(Peter Marsh さん執筆)

  • 音楽ウェブ・ジン Splendid 内、04年7月6日付レヴュウ(Mike Baker さん執筆)

The Pearl にふれた以前の拙稿を書こうとしてちょっと調べた時にも感じたのだが、Budd のウェブ上でのプレゼンスは希薄だ。私がみたかぎりでは、どうやら公式サイトはない。また、網羅的なディスコグラフィ/作品リスト、演奏歴や(おそらくそれなりの数がある(……と思うのだが、本当にそうだろうか?))美術展などへの音響面での参画などに関するまとまった資料も、ほとんど見当たらない。以下、今回参考にさせていただいたウェブ上リソースをいくつか挙げる:

  • アンビエント音楽に関するウェブサイト Sonority As Scenery。主宰の shige さん執筆の、アンビエント音楽をめぐるさまざまな考察が公開されている。とくに Budd については、「・musicians・」セクション下 「Harold Budd」 で、彼の多くのアルバムのレヴュウと総括的なエッセイ(本稿執筆時点ではそれぞれ12本・3本)がある。

    このセクションは、僭越ながら私見では Budd に関する、おそらく最もまとまって有益なウェブ上リソースで、彼の音楽に関心をお持ちで未見の方にはぜひお薦めしたい。

  • 〔以下、拙サイト外の各項リンク先はすべて英文〕 以前の別稿でとりあげた、アンビエント音楽の優れたストリーミング局 Ambience for the Masses 公式サイト内 「Harold Budd」頁には、各アルバムからのいくつかのサンプル音源とともに、現時点では11枚の作品(ただし Avalon Sutra は未掲載)がリストアップされ、そのうち8枚について簡潔なレヴュウが公開されている。

  • 本文でも参照している Wikipedia の Budd の項末尾には、ディスコグラフィが付されている(が、これが網羅的かは未詳)。同項の Budd バイオグラフィは簡にして要を得ているように思われる。

  • Avalon Sutra リリース元、David Sylvian のレコード・レーベル Samadhi Sound 公式サイト(要Flash)には、「Catalogue」-->「HAROLD BUDD avalon sutra」と「Artists」-->「HAROLD BUDD」に、Budd 御本人の興味深い発言引用を含む、(もちろん宣伝混じりだが)それなりにまとまった評伝的記述がある。

    また、上記「Catalogue」-->「HAROLD BUDD avalon sutra」では試聴もできる。1枚目14曲全部、ただし各曲冒頭1分間のみのクリップ。

  • 英国の一流日刊紙 The Independent サイト内、2005年5月8日付インタヴュウ「Harold Budd: Budd in May」(William Shaw さん執筆)は、音楽からの“引退”にあたって Budd の業績を手際よくふり返った好篇。

    この記事の最後には、Gavin Bryars, Andy Partridge (XTC), John Foxx (Ultravox) など Budd とコラボレイトした経験をもつミュージシャンたちからの“一言”が列挙されている。とくに Avalon Sutra に関しては、David Sylvian が「このアルバムは、自分が Samadhi Sound レーベルを始めるよりかなり先立って出来上がっていた。僕自身が Harold からこの作品を送ってもらったのは2001年のことだ。それまでの時点で彼はこれをリリースしてくれるレーベルを見つけておらず……〔略〕……メジャー/インディペンデントを問わずリリースを引き受けてくれるレーベルがなかったことが、彼が引退を決意した要因になっているかもしれない」と述べている。

  • Samadhi Sound 公式サイトからリンクされている(ものと同じと思われる――同サイトは現在リニューアル進行中の由で、「News」セクション05年6月1日付にあるリンク先は現在不達)、同じく The Independent 紙、05年5月27日付記事「Harold Budd, Brighton Dome, Brighton」(Chris Hall さん執筆)は、英国イングランド南部の Brighton で5月21日に行なわれた Budd 最後のコンサートのレポート。Bill Nelson をはじめなかなか豪華な顔ぶれで、この記事によれば Steve Jansen も Budd の初期作品、ゴング独奏の "Lirio" を30分にわたり演奏した由。

冒頭に掲げた画像は、いつものとおり stock.xchng から拝借した。Budd は作曲家であると同時に演奏家だ。彼は本質的にはほとんどピアニストではないかと考えているところが私にはある。d_sackvill さん撮影(リンク先は同氏ポートフォリオ、トップ頁)、「my piano 3」。記して感謝します。

なお、Avalon Sutra のCDパッケージには、彼岸の景色ではないかと思わせるほど色鮮やかで明るい光に満ちた、藤原新也(リンク先は同氏公式サイト)による氏独特の花の写真が使われている。

本稿に掲げたイメージ画像がモノクロであることと、極彩色のCDスリーヴとの間に関連をこじつけるわけではないが――思うに、決して能弁ではない Harold Budd の音楽は、優れた水墨画が黒から灰色そして白へと連なる明暗の濃淡のみによってしばしば感じさせる、(実際の視覚認識の内容に反した)色彩に満ち満ちた感じに通じるのではないだろうか。

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