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『山田風太郎妖異小説コレクション』

まことに優れた選集だと思う。お薦めしたい。

「笊ノ目万兵衛門外へ」

最初に読んだ山田風太郎作品は、たしか学生時代、古本屋で何冊か買い込んできた角川文庫版「忍法帖」シリーズだった。作家には大変失礼ながら、どの「忍法帖」を読んだか、いま振り返ると思い出せない。読み進んでいる間はその荒唐無稽さに夢中になっても、読後にはさほど強い印象が残らなかった。

それからしばらく後、新潮社から単行本で刊行されてベスト・セラーになった縄田一男編「時代小説の楽しみ」12巻(+別巻1)が順次文庫化された。時代小説作家としての風太郎の実力を遅まきながら思い知ることになったのは、この傑作選集の9巻目『維新の群像』に収められた「笊ノ目万兵衛門外へ」だった。恥ずかしながら私は、作家が「忍法帖」もの以外にも数多くの時代小説を書いていたことを、このシリーズに採録された彼の何篇かの作品を通じて初めて知った。

「笊ノ目万兵衛門外へ」は、文庫版で51頁、原稿用紙で100枚を切るくらいの中篇だ。標題に言う「門外」とは幕末、1862(文久2)年に水戸浪士が老中安藤対馬守を襲撃した「坂下門外の変」のこと。笊ノ目(ざるのめ)万兵衛はむろん本篇の主人公で、町奉行所同心。作品は、対馬守が寺社奉行を務めていた時代からその腕と人物に惚れ込み、目をかけていた万兵衛の硬骨漢ぶりを描くいくつかのエピソードを描く。そして、尊皇攘夷の時代潮流が、この辣腕の能吏にして人間味溢れる武士を否応なく呑み込むさま、役人(しかも良質の)という体制側の人間を、ついには自分を引き立ててくれた恩義ある要人の暗殺へと駆り立てるに到る経緯を、説得力をもって描き切っている。この一篇は、「雪の日やあれも人の子樽拾い」という一句を引いて書き始められるが、この俳句が微妙に形を変えて言及される終結部は、実に深い余韻を残す。

この「笊ノ目万兵衛門外へ」を読んで以来、風太郎は“わかっている”作家だ、というのが私の評価になった。風太郎に何が“わかって”いるのか、明確に名指すことは自分にはなかなかかなわないのだが、おそらくは(大仰な物言いながら)人という生き物の本質のようなもの……ではないか。彼の小説のなかでも白眉と呼ぶに足るものにはどれも、まるで読み手の肚を直接ぐっと握って揺さぶるような迫力と力強さを感じる。もちろん、こうした洞察力は、優れた作家や芸術家であれば誰でも具えているものかもしれない。ただ風太郎の場合には、綺麗事でない、清濁ごた混ぜの総体としての“人間性”の奥底(おうてい)をしっかりと掴んだうえで、それを物語の興趣に乗せて、まことに読みやすい、あるいは読んで楽しいかたちで作品に仕上げる群を抜いた力量、こう言ってよければ確かな“職人芸”がある……と思う。

風太郎“忍法帖・明治もの以外の時代小説”

本稿標題に掲げた「山田風太郎妖異小説コレクション」は、徳間書店・徳間文庫から2003–04年にかけて刊行された。以下にあるとおり、現時点では一応完結していて全4巻。“わかっている”作家、風太郎の時代小説の世界を、存分に堪能することができる。第1巻巻末の「解説」で、作品選定も担当された(と推察される)日下三蔵さんが、この選集の企画意図をわかりやすく述べておられる:

さて、山田風太郎の作品を大ざっぱに分類すると、以下のようになる。

  1. 忍法帖 40冊

  2. 明治もの 10冊

  3. 室町もの 5冊

  4. それ以外の時代小説 30冊

  5. 現代ミステリ 30冊

  6. ノンフィクション・エッセイ 15冊

……〔この間、上記に従って風太郎作品の分類ごとに本「解説」執筆時点でどのような刊本が入手可能か列記〕……

この〈山田風太郎妖異小説コレクション〉は、分類4に当たる忍法帖・明治もの以外の時代小説を、単行本未収録作品、少年ものまで含めて集大成しようという企画である。……

文庫で三十冊を出し直すのは大変なので、本シリーズでは内容・傾向に応じて増補・合本化を行い、一冊につき約二冊分の作品を収録してある。とりあえず第一期として四冊を刊行するが、ご支持をいただけるならば、第二期、第三期と続けて刊行し、最終的に山田風太郎の時代小説を完全収録した全集にしたいと思っている。読者所兄姉のご愛顧とご支援を願えれば幸いである。

既刊分4巻で総計2300頁強あるが、読みつけてしまえばあっという間、各巻のまとまりもよい。物故作家の作品を、エディターシップの効いた編集によって、経時的な変遷の軌跡を鳥瞰しつつ楽しむことができるのは、読者冥利のひとつと言えるのではないだろうか。そしてこれでも上記分類4全体のまだ4分の1程度しかカヴァされていないのだ。

この『山田風太郎妖異小説コレクション』の編者日下氏は、編者として明記されているものだけでも『怪奇探偵小説傑作選』(筑摩書房・ちくま文庫)や『本格ミステリコレクション』(河出書房新社・河出文庫)、『江戸川乱歩全短篇』さらに『山田風太郎忍法帖短篇全集』(いずれもちくま文庫)をはじめとして、多くの選集・全集・アンソロジーを非常に丁寧に、かつ精力的に編集しておられることでも知られる。上の引用部分末尾にあるように、ささやかながら私も風太郎“それ以外の時代小説”全集の実現を切望する一人として、御健闘と今後のさらなるご活躍を祈念したい。

各巻内容

続いて、各巻末の日下氏による解説から各巻の編集意図にふれた箇所を抜粋し、巻ごとの内容をご紹介する(パーレン内は刊行年時、総頁数、本体価格):

  1. 『地獄太夫: 初期短篇集』(2003年10月、492頁、800円)

    「デビュー直後の昭和二十二年から昭和三十八年までの十六年間に発表された単発短篇十七篇を収録」

  2. 『山屋敷秘図: 切支丹・異国小説集』(2003年12月、598頁、914円)

    「切支丹に材を採った中・短篇十一篇と異国を舞台にした三短篇の計十四篇を収めた」

  3. 『妖説忠臣蔵/女人国(ありんすこく)伝奇』(2004年2月、622頁、952円)

    「忠臣蔵を扱った『妖説忠臣蔵』と吉原を舞台にした『女人国伝奇』、二つの連作短篇集を合本にしてすべて収めた」

  4. 『白波五人帖/いだてん百里』(2004年4月、640頁、952円)

    「歌舞伎の白波五人男を風太郎流に料理した『白波五人帖』と撫衆(なでし)の世界を描いた『いだてん百里』、二つの連作短篇集を合本にして収めた。前巻所収の『女人国(ありんすこく)伝奇』と『妖説忠臣蔵』がストーリー的には独立した「テーマ連作」だったのに対して、本書収録の二作はキャラクターが共通し、ストーリー的にも連続した連作となっている」

各巻読みどころ満載で、どれか1冊に絞れと言われると困るが、敢えて挙げれば、連作ではなくさまざまな雑誌に発表された単発作品を集めて編まれた第1巻『地獄太夫: 初期短篇集』になろうか。半世紀を超える作家としてのキャリアの比較的初期に書かれたものだが、どれも十分な完成度を具え、かつ最もヴァラエティに富んだ題材・時代風景を楽しめるという点で推せる。

幾度もくり返して恐縮だが、風太郎の“わかっている”作風は、この第1巻ではたとえば、長崎へ留学してシーボルト門下で蘭法を修めた医者・その元許婚・彼女を奪った薬種問屋主人の三角関係を描き、恋敵の種を宿した赤ん坊の出産シーンに絶妙のクライマックスを設定し、さらに残酷などんでん返しまで加えて凄絶な「芍薬屋夫人」、同じく三角関係を取り上げながら剣の求道と武芸者の業とも呼ぶべきものを絡めた「死顔を見せるな」、死んだ女郎をめぐる愛憎を、風狂の沙門一休を狂言廻し(かつ主役)に据えて謎解き風に展開し、人の無常と愛染を強烈に読み手に感じさせる標題篇「地獄太夫」などに顕著だ。まさに珠玉が目白押しと言ってもいい。

連作標題に「妖説」とあるように、おなじみの忠臣蔵主役(?)大石内蔵助が物ノ怪じみた気味悪さを感じさせながらちらちらと姿を見せる伝奇短篇を含む第3巻、全篇は痛快な悪漢小説としてすらすら読めるものの、日本左衛門に宝暦治水の縁起を絡めてさらに深みと面白味を増した『白波五人帖』を含む第4巻も捨て難い。結局どの巻もお薦めできるということになるのだが、最後に一点。

第2巻『山屋敷秘図: 切支丹・異国小説集』解説で、日下氏はこう書いておられる:

風太郎作品には、しばしば正と邪、明と暗、光と影の二項対立が登場するが、信仰者と弾圧者、日本人と外国人、伴天連ところび伴天連といった対立軸を備えた切支丹ものは、著者にとって格好のテーマであったに違いない。

この指摘どおり、第2巻にはころび伴天連ジョゼフ・キアラ(岡本三右衛門)を主人公にした標題作「山屋敷秘図」や、踏み絵による宗門改(あらため)を実施して苛烈な宗教弾圧を加えた長崎奉行・竹中采女正重次の生涯を描いた「踏絵の軍師」など、これまた傑作が多数収録されている。作中の人物が見せる、人が生きていくうえで支柱ともなり軛ともなる信仰とのさまざまな距離のとり方に、ひっそりと『戦中派不戦日記』を書き継いでいた“人間”風太郎の、天皇崇拝や“大東亜戦争”の時世に生きて悩んだ姿を透かして見てとることは、おそらく誰もが試みるだろう。そして、書き手にとってはたぶん、正統と異端とを峻別する(現人神を含めた)一神教は、截然と二項に分かたれるぶんだけ、より鮮やかなドラマを産みやすい。この巻所収の風太郎の作品も、陰翳濃く起伏に富んで実におもしろい。

ただ、集中に一篇、同じく信仰と宗教に関わる世界を扱いながら異質の印象を残す作品が含まれている。釈迦在世の初期仏教教団とその周辺を描いた「蓮華盗賊」だ。これは正統らしい正統をもたず、多神教とも一神教ともにわかに断定できない仏教の特質に因るところも大きいのかもしれないが、作中では覚者たる釈迦すら悩んでいるさまが示唆的に描かれ、絶対神をいただく一神教の世界がもつ重苦しい圧迫感がほとんど感じられない。それでいて物語は十分に劇的で、読後感は深く透徹している。舞台設定の類似性のみから Hermann Hesse(ヘルマン・ヘッセ)の『シッダータ(Siddhartha)』に較べるのは安易に過ぎるかもしれないが、風太郎はこんな傑作も書いていたのだなと、(ちょっと言葉は悪いかもしれないが)大きな拾い物をしたような気がして嬉しかった。ぜひご一読をお勧めしたい。

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  • 末尾、実にとり散らかした書き方になっている。十分まとめられないままで忸怩たる思いがするが、書きかけてもう2カ月近く放置していて、さらに今月はまだ一つもエントリを書いていなかったことにこの月末近くになってようやく気づき、無理やり書き終えてしまうことにした。御寛恕を乞う次第です。

  • 上掲本文でとうに露呈しているが、風太郎に関して、私自身はさほど熱心な読者であったことはない。「忍法帖」シリーズや“明治物”さらには推理小説など、まとめて読んでみたいと思いつつ、なかなか果たせないままだ。この『妖異小説コレクション』は、講談社や光文社などと並んで、文庫(に限らないのかもしれないが)をすぐに絶版にしてしまう版元から出ていて、しかも漠然と好きなジャンルである時代小説を集めたものだということで、慌てて買ってきた。拙文のように小理窟を捏ねなくとも、いわゆる“ページ・ターナー(page-turner)”であることは言うまでもない。

  • 風太郎作品に関するウェブ上リソースとして、以下を挙げる:

  • 備忘。「笊ノ目万兵衛門外へ」は、上記お二方の御労作によれば、最新アンソロジーとしては廣済堂出版・廣済堂文庫『山田風太郎傑作大全19 ヤマトフの逃亡』に収録されている由。

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