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Marsen Jules: "Herbstlaub"

Texture #23 by Yaal., ad Marsen Jules' Herbstlaub

むかし小遣いをはたいて買った安物のギター・アンプには、これまた明らかに安っぽい音を出すスプリング・リバーブが内蔵されていた。“ペナペナ”といった擬声語で言い表したくなる薄っぺらな残響しか出せなかったため、ほとんど実用に耐えなかったが、筐体を叩くとバネが揺さぶられて鳴る例の金属的なグシャーンというノイズとともに、妙に懐かしいような音だった。

今は、単体であれアンプ内蔵であれ、エフェクタとしてのリバーブはほとんどデジタルで電子的な処理にとって替わられたのだろうか。一部の高級機はまだまだ健在のようだが。スプリング・リバーブの、あのいかにも「メカです、金物です」と自己主張しているような触知可能な存在感を知っている人も、今後は減っていくばかりなのかもしれない。

減衰あるいはディケイ

リバーブ、残響が、そこはかとない悲しみに似た情感を聴き手にもたらす(ことが多い)のは、なぜだろう。書きながら考えてみて、唐突だがそのありさまは雪に似ているという気がした。積もって醜い表面を隠し、起伏を埋めて均(なら)し、時間の経過にしたがっていずれは融ける雪。あるいは水面に広がる波紋。光を散らし、波高を徐々に低めてやがて鎮まる。リバーブもまた、元の音の尖りを和らげ、靄のように空間に拡がって、やはり時間が経つにつれて減衰して消える。

またリバーブのかかった音には、演奏技法により人為的に弱音化された音とは異なる何かがあるようにも思う。たとえばギターなら、弦を弾いた直後から、弦の震えは弱まり始める。何もしなければ、出された一音のいわば“一生”は、さほど長くない。これにリバーブがかかると、そのままにしておけば自然と聞こえなくなるまでの間をはるかに引き延ばして、まるで高速度撮影された映像を見ているように、刹那が次々と粒立つ。そして死ぬ。

なんとなく悲しい気分にさせるリバーブの効果は、結局、こうした儚(はかな)さを際立たせて、(実際はあくまで聴感上のことだが)“目の当たりに”意識させるところにあるのか。音圧の減衰を英語では decay と呼ぶ。音は残響のなかで朽ちる。

“枯葉”

……という、まことにとりとめもないことを書いたのは、Marsen Jules 名義(リンク先は公式サイト、要 Flash)で活動する Martin Juhls の音楽を聴くたびに、「スプリング・リバーブのような音だな」(正しくは「スプリング・リバーブを通して聞こえてくるような」と言うべきなのだろう)という感じをいつも抱くからだ。おそらく、このドイツの若いミュージシャン(生年未詳だが、見かけから推してまだ二十代だろう)は、制作の過程でスプリング・リバーブを実際には使ってはいないのではないかと思う。

それにもかかわらず、なぜアナログのリバーブ・エフェクタを通したような音だと思ってしまうのか。たぶん、彼の作る音全体に感じる、薄く紗のかかったような印象――下手をすれば造作の悪い電気回路が増幅するヒス・ノイズに覆われてしまうが、その直前で踏みとどまっているかのような――実に特徴的な響きのためかもしれない。腹に響くような重たい低音域が抜けていて(あるいは、少なくとも目立たず)、中音域から高音域が強調され、ほとんどその音域だけで構成されている(ように聞こえる)のも、浮遊する感じを強めている。そして、彼が使うリバーブ効果は、概して減衰時間がかなり長い。

標記の HerbstlaubCity Centre Offices, Towerblock CD 023)は、Marsen Jules によるCD/LPリリース第1作。今年2005年2月に出たこのアルバムを、私は最近になってようやく入手した。アルバム名は「秋の(群)葉」あるいは「枯葉」を意味する由。アルバム・タイトルはドイツ語で、いっぽう曲名はすべてフランス語で付けられている。全6曲、39分強。長尺の曲はなく、どれも5分から7分程度の長さだ。

全体の印象は平板と言っていい。劇的な展開はなく、息の長い旋律も明白なビートも、優れた技術で聴かせる楽器演奏もない。全篇を通じて、サンプリングされた(と推測される)ストリングスやハープ、もしかしたら生録音したものを使っているかもしれないアコースティック・ギターやさみだれ式に鳴らされるピアノ、それにおとなしい音色のシンセサイザが、厚い層を成すように積み重ねられている。

ただし、ここで言う“平板さ”は、ほぼ確実に意図的なものだろう。いわゆる“アンビエント/アンビエンス”、聴き手の意識に乱暴に侵入することがないスムーズさを達成するべく、方法的に選択されているように思える。そして、それは一定の成果を挙げている。また、「厚い層を成す」という表現も誤解を招くかもしれない。どの曲もほとんどの部分でそれなりに多くの音が用いられて同時に鳴っているのだが、そこには重苦しいような重厚さはない。どれも比較的短いパッセイジを繋げていってまとめ上げた感じで、かえって軽やかだ。こうした音の作り方も、先述のとおりイコライジングなどのミキシング技術によるものかもしれず、私が「スプリング・リバーブのような音」と感じた所以でもある。

…………

こうやって書いてくると、否定文やネガティヴな印象を与えがちな形容ばかりで、毎度自分の褒め下手加減にも嫌気が差してくる。実際はかなり気に入っており、よく聴いています。これまでの作品でみるかぎり、Marsen Jules の音楽に固有で最も優れた点は、彼のほとんどの曲に共通して聴くことができる独特の響きだろうと、私は考えている。録音やミキシング技術にまったく昧いわが身を省みず、音の作り方について贅言を費やしたのも、その響きの成り立ちを自分なりに考えようとしたためです。

このアルバム Herbstlaub は、曲調や楽器構成(ストリングス+シンセ+その他若干のアコースティック楽器音)の点で、 "Couer Saignant"Sutemos(→関連拙稿12)のコンピレィション Red, Green, Blue & Other Summer Feelings 収録)におそらく最も近い。今後どのような展開をみせるのか、楽しみにしている。

Marsen Jules の音楽は、下記のとおり、ネットレーベルで多数公開されている。ぜひ聴いてみていただきたい。

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  • お口直しに、まともなレヴュウをいくつか(いずれも英文):

    • オーストリア(墺)のドメインにある CRACKED、2005年3月付レヴュウHerbstlaub 全体の印象を述べたものとしては、もっともまとまった批評かもしれない。

    • 05年2月付 textura 所掲のレヴュウHerbstlaub リリースを機に、ネット・リリース2枚(下記参照)と併せて、Marsen Jules の音楽の特質を論じている。いつもながら優れたレヴュウ。

    • Spencer Grady さん執筆、Dusted 所掲、05年6月8日付レヴュウ

    • 最近刷新された Brainwashed、Matthew Jeanes さん執筆の05年3月27日付レヴュウ。やや辛口。このレヴュウ最後の一節は、私自身もこのアルバムを聴いてみて共感できる部分がある。

    なお、これらレヴュウのいくつか(たとえば textura のもの、および下記 autres directions インタヴュウ)には、Marsen Jules に先立って、Wolfgang Voigt(と Ekkehard Ehlers)が Gas という名義でリリースした何枚かのアルバムと、Marsen Jules の音とがよく似ているという指摘がある。Gas は未聴(というか、存在そのものを全く知らなかった)で、一度聴いてみたい(が、どうやらほとんど廃盤か入手困難らしい)。

  • 周知のとおり、Marsen Jules 名義の作品は、ネットレーベルでのリリースが先行するかたちで発表されている。私が彼の音楽を最初に耳にしたのも、標記のCDを通じてではなく、Internet Archive でいろいろ聴き漁っている時だった。アルバムとして以下の2枚がある(リンク先はリリース元の Autoplate 公式サイト、各アルバム頁):

    1. Lazy Sunday Funerals (Autoplate APL017、2003年10月)

    2. Yara (同 APL023、2004年7月)

    1、2とも、Herbstlaub と比較するとやや実験的な側面が窺える。たとえば、1は人声(女性ヴォーカル(のサンプリング?))や薄いビートが導入された曲を含んでおり、また2ではピアノ・チェロ・ヴァイオリンのトリオ Yara の生演奏の録音を素材に使っている。

    この2枚のほかに、Autoplate および Sutemos でのコンピレィションへの参加作や他人の作品のリミックスなどが、ネットレーベルで公開されている。網羅的なリストは、御本人の公式サイト内、「Mp3s」セクションにて。

    その「Mp3s」リストに従って、また例のごとく Webjay で Marsen Jules 名義のネット・リリースをプレイリストにしてみた(→Marsen Jules)。また、Herbstlaub 収録曲(部分)の試聴も、同「Releases」セクションで(アルバム・カヴァ画像をクリックして)可能。

  • ミュージシャンのバイオグラフィ/プロフィール:

    • Autoplate の「KRILL.MINIMA / FALTER / MARSEN JULES」プロフィール。そこにもあるとおり、Krill.Minima と Falter は、Marsen Jules こと Martin Juhls の別名義。(なお、Sutemos にもプロフィールその他関連記事があるはずだが、英語版サイトがここ数カ月不調のため、私は確認できていない)

    • Dusted 特集記事、ミュージシャンに好きな音楽をリストアップしてもらう「Listed」「Solvent + Marsen Jules」(05年4月22日付)。Leonard Cohen、Neil Young, Spokane などはちょっと意外か。

    • フランスのユニークな芸術系(?)ウェブサイト(ネットレーベルももつ) autres directions による、電子メール経由インタヴュウ(05年3月9日付)。Marsen Jules という名前は、彼の本名 Martin Juhls を電話で聞き間違えられたのをそのまま使っている由。

  • 公式サイト「News」05年8月23日の項から。フランスで開催された La Route du Rock フェスティバルに8月12日出演した際の音と映像が、下記から試聴可能:

    • (10分弱、.rm ストリーミング)。「Ven 12.aoû | 16h00」(8月12日金曜日16時)の条参照。パーカッションが入っており、ヴァイオリンその他も生演奏そのままを使っている感じ。

    • 2分強の映像。こちらに収録された場面では、その場で演奏されている弦をサンプリングして種々のエフェクトをかけているようだ。従来のアルバムと同種の音を出している。(ついでながら、このページからはいずれも2分ほどの尺と短いが、上記フェスティバルでの The Cure や Mercury Rev のライヴ映像も見られる)

  • 冒頭に掲げた画像は stock.xchng から、ポーランドの Yaal. さん撮影(リンク先は彼女のポートフォリオ)「Texture #23」。縮小して使わせていただいた。記して感謝します。

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Stadtgruen オムニバス "Ennui"

Ennui (Stadtgruen gruen012/stadtgruen023)

また上質のコンピレィションに出遭うことができた。ドイツを拠点とするネットレーベル Stadtgruen から、先月下旬(05年9月23日付)リリースされたアルバム Ennui(gruen012/stadtgruen023)。

アコースティック楽器の音や自然音がまったくと言っていいほど聞こえず、(個人的にはかなり苦手な)グリッチやスタティック・ノイズで細かいビートを刻む曲も含まれているにもかかわらず、全篇を通じて不思議に静けさに満ちた秀作。明る過ぎず、かといって(アルバム標題は“倦怠感”だが)極端に暗鬱なわけでもなく、聴いているといつの間にか寛ぎを深めてくれる。音色の的確な選択と全体に音数を抑えていること、それに各曲のゆるやかなテンポによるのだろうか。全6曲、58分。秋色深まるこれからの宵にお薦めです。

“都市の緑”/“都市と緑”

Stadtgruen レーベルは、(公式サイトの「news」での記述によれば)2004年元旦に設立された。1年9カ月を経て、本稿執筆時点ですでに23作をリリースしている。レーベル名はドイツ語お得意の複合語で、元々は市街地にある公園などの緑地帯を意味する言葉のようだ。このレーベルではこの複合語を分解して、文明・文化の集積/精華たる都市(Stadt)と、自然を象徴する緑(grün)との二項に分け、前者にはいわゆる“テクノ”的な音楽を、後者には同じくアンビエント音楽を充て、順に "stadt"、"gruen" という一種のサブ・レーベルに仕立てて、それぞれの分野のリリースに連番を付けている。

サイトを一見してすぐ気づくように、このレーベルはかなり饒舌だ。レーベルの創設意図(サイトの「About Us」-->「Philosophy」)や各作品のリリース・ノート、それにミュージシャン紹介頁には、かなりの分量の文章が綴られている。書かれた内容は概して思弁的で、けっこう難しい。それでも音楽的なベースは“古典的な意味でのミニマリズム”だと謳っていて、とくにアンビエント系の "gruen" でリリースされた作品には、寡黙でありながら比較的聴きやすい曲が多いのはおもしろい。

サイトの「About Us」-->「Philosophy」には、

"Thereby our music-theoretical starting point is the classical Minimal Music [with its current developments of the Clicks&Cuts scene, Minimal Dub and Minimal Techno.]"

という記述がみえる。

このレーベルがもつ、統一感のあるコンピレィション制作能力の高さは、gruen007 として2004年12月にリリースされた Janus にも表れている。この全12曲、78分弱のアルバムでは、多くのトラックでインダストリアル・ノイズを思わせる音、あるいは市街地でのフィールド・レコーディングから採った音が用いられていて、プロデュースの意図を窺わせる。Ennui に較べるとより明瞭なビートのある曲が多いが、やはり全般的にゆったりとしたリズムで、音数を控えめにする一方で深くかけた残響を巧みに活かしている。こちらのアルバムもぜひ、一聴をお薦めしたい。

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  • 冒頭に掲げた“アルバム・カヴァ”画像を含め、Stadtgruen レーベルの作品はすべて、Creative Commons の帰属・非営利・同一条件許諾(by-nc-sa)ライセンス(by-nc-sa)下で公開されている。

  • 上掲でとりあげた EnnuiJanus の全篇を、Stadtgruen sampler と題した Webjay プレイリストにまとめてみた。曲の排列はリリースのままで、手を加えていない。(このレーベルのリリースはほぼ聴いたと思っていたが、どうやら漫然と聞き過ごしてしまったものがかなりあったらしい。既発分とこれからのリリースもフォローして、プレイリストは今後随時増補する予定)

    ネットレーベルその他インターネット上で公開されている音楽を、出来合いの Webjay プレイリストを使って(Webjay プレイリストを作ること自体は、残念ながらまだそれなりに手間がかかる)聴くのと、個々のリリース頁を開いて(ドラッグ&ドロップなどで)音源プレイヤー・ソフトに引っぱってきて聴くのと、どちらが便利かは微妙なところだとは思うが、ご参考までに。

  • 上記2枚のコンピレィションに1曲ずつ提供している Renniac 公式サイト(下段左のナヴィゲイション、右側コラムの「Englisch」から英語版へ)には、「contemporary music」セクション内に、暫定公開されている音源ファイルがある。本稿執筆時点では "Basalt Variation" と題されたトラック。約22分と長尺の力作。

    個人的には、同じく1曲ずつ提供している Kuomi/Martin Donath(Kuomi は、Stadtgruen 創設メンバーの一人、Martin Donath さんの別名)の作品ともども、この2人のアンビエント・トラック(どちらのアルバムでも掉尾を飾っている)が最も印象深い。

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