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Harold Budd: "Avalon Sutra"

My Piano 3 by d_sackvill, ad Harold Budd's Avalon Sutra

Harold Budd が関わった作品はいくつか聴いてきた。しかし改めて思い返してみると、自分が買って聴いた御本人名義のアルバムは、この Avalon Sutra で2枚目を数えるに過ぎない。1枚目は、もう20年以上(!)も昔、1984年の The Pearl(→関連拙稿)だった。“最後の作品”とされる標記の新譜(といっても、リリースはもう10カ月ほど遡る昨年2004年の11月)をしばらく聴き込んでみて、この2作の間に20年の時間が流れていることに気づき、驚く。Budd の音楽家としてのキャリアの比較的初期と終端とを垣間見たかぎりで私が受ける印象は、ほとんど何も変わっていない。(もっとも、いま述べたとおり、彼の作風の変遷を窺い知ることができるほど熱心に追いかけてきたわけではないので、この印象はおそらく確実に事実に反している)

新譜を聴いて驚いたことは、他にもいくつかある。1936年生まれだという Budd は、考えるともう古稀目前だ。全篇を通じて瑞々しく、ときにひどく切々とした響きを聞かせるこのアルバムの音から、彼のいまの年齢を思い浮かべるのは、実はかなり難しい気がする。

そしてもう一点、彼がアメリカ人であることをほとんど忘れていた。Budd は米国西海岸の生まれで、Death Valley で知られる Mojave(モハーヴェ)砂漠に育ち、子供のころ「砂漠を越えて吹く風が鳴らす電話線の音に感じ入った」(Wikipedia 英語版、同氏の項。同日本語版は、現時点では英語版の和訳のようだ)という。一方で、彼のコラボレィションの相手のほとんど(と言っても構わないだろう)は、Brian Eno を筆頭に英国のミュージシャンだ(った)。彼の地の気候とおりの湿り気とメランコリィがイギリスの音楽の多くに共通する特徴だとすれば、それらをふんだんに含んだ Budd の音楽が、カリフォルニアの乾いた砂漠を故郷としてもつ人によって創られてきたことは、それにようやく気づいた今、ひどく意外に思える。

The PearlAvalon Sutra

冒頭で「変わっていない」と書いた。「ブレていない」と言うべきだったのかもしれない。仔細にみれば、The PearlAvalon Sutra とではかなり違う。

たとえば使われている楽器の構成。The Pearl では、ピアノ以外はほとんどすべてシンセサイザ類(と思われる)で作られた音しか聞こえない。対する Avalon Sutra では、生楽器(ソプラニーノ/ソプラノ・サックスやバス・フルート、それに西洋古典音楽で標準的な編成の弦楽カルテット)がかなり前面に出ている。

また、前者に収録された曲はいずれも時々の心象スケッチのような印象で、各曲相互にさほど連関があるとは思えない。飜って今作は、一種の変奏曲集(variations)と呼んでもよさそうな構成になっている。主に Budd 自身のピアノと Jon Gibson の管楽器という共通の編成で、最初に "Arabesque 3" と名づけられた曲が置かれ、6曲目に "Arabesque 2"、11曲目に同じく "Arabesque 1" と、明らかに同じ動機(movement, と呼んでいいものか? リフ?)に基づくヴァリエィションが3曲配されている。類似の旋律の変奏、あるいはよく似たコード進行による曲は、弦楽四重奏団を加えた3曲目と、バス・フルート+ピアノの8曲目(さらに、おそらく5曲目と9曲目、さらには12曲目・13曲目も)と、全14曲のうちそれなりの割合を占めている。この結果か、Avalon Sutra は全体として統一感のある、非常にまとまりがある感じを受ける。

自分がそれなりに長い間くり返し聴いてきた唯一の他の Budd 作品を相手に立て、Avalon Sutra をいささか強引に対比させてみたが、それでもやはり「変わっていない」と感じる。ドローンがもたらす、雨上がりか、うすく霧がかかり草木の葉先に露を結ばせる薄明の時分のような潤んだ空気感のなかで、ポロンポロンと何か考えながら綴るようにピアノが鳴る。曲調はほとんどが憂愁を帯びたもので、あてどのない追憶を誘われる。もう20年以上も前に The Pearl を聴いて抱いたそうした印象は、今作にあてはめてもそのまま通じる。そして今回のアルバムでは、人の息がそのまま音と化す "wind instruments"(管楽器)や、ライヴな録音で擦れる音がときどき聞こえる弓と弦が、耳慣れたピアノ+ドローンという構成に加わって、聴き手に喚起する切実さというか胸に迫る感じ、どこか生々しくほとんど身体的な痛みを伴うような情感(恥ずかしながら適切な日本語が思い当たらないのだが、たぶん英語でいう "poignancy")は、さらに高まっているように思う。

As Long As I Can Hold My Breath

Avalon Sutra はCD2枚組だ。14曲・43分強の音盤にもう1枚、1枚目の最後の曲 "As Long As I Can Hold My Breath" (の一部)を延々70分弱にわたってループさせ、(たぶん1枚目の他の曲から持ってきた音を加えて)リミックスを施した、同名標題の全1曲を収めたものが“付いて”いる。よくある“初回プレス限定”などとは記されていないので、これは単なるオマケとして意図されたものではおそらくないのだろう。リミックスは Akira Rabelais(リンク先は同氏公式サイト)名義。CDスリーヴには「performed by...」として、Budd と Rabelais の名前が併記されている。

じつは私は、複数の音盤を買ってきた場合、実際に音を聴いてみる前に(まったくの想像で勝手に)「つまらなさそうな順番」を決めてから、最も期待はずれになりそうなものから先に聴いてみる習慣がいつの間にかついている。失礼ながらこの2枚組の場合は文句なくリミックスのほうが先で、プレイヤーに入れて「1曲・69分30秒」の表示が出たとき、正直なところ「やっぱり……参ったな」という気持ちだった。

実際に、いちばん最初に通してこちらの1枚を聴いたときは、1時間を軽く超える長尺はきつく、夜遅かったこともあって途中でついうとうとと居眠ってしまった。ところが、これまた幾度か聴き返して仔細に耳を傾けると、きわめて緩やかにではあるものの、徐々に徐々に音のどこかが変化しているのがわかる。原曲はほぼピアノとドローンのみでできているが、リミックスでは弦の音が加えられ、すぐにピアノに代わって前面に出てくる。また、原曲での背景音の一部には息づくように強弱の波が付けられていて、これがゆったりとループ全体を進行させる。微細な変化は、各パートの音量だったり、特定のフレーズの強弱だったり、(イコライジングによるものか、とくに弦の)音色だったりする。

なんとなく、あたかも(筋違いを承知で視覚的なメタファを使わせてもらえば)1枚目全体を幻燈機で映しておいて、スクリーン全体よりほんのわずかに強い光量のスポットライトのようなもので、当てる先をゆっくり動かしていったような印象を受ける。基本は反復なのでさすがにエキサイティングだとはとても言えないが、リミックスとしてはかなり出来がよいと感じた。

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毎度のことながら、私の書いたものはきちんとしたレヴュウになっていない。自分の備忘も兼ねて、いくつかしっかり書かれたものを(いずれも英文):

  • アンビエント音楽を含む電子音楽全般の月刊レヴュウ・サイト textura 内、04年11月号「Harold Budd: Avalon Sutra」(無記名だが、おそらく同サイト主宰 Ron Schepper さん執筆)。同文が音楽ウェブ・ジン Stylus Magazine 内、04年11月22日付レヴュウ(こちらは Schepper さん名義)にも出ている。

  • BBC Music、04年11月1日付レヴュウ(Peter Marsh さん執筆)

  • 音楽ウェブ・ジン Splendid 内、04年7月6日付レヴュウ(Mike Baker さん執筆)

The Pearl にふれた以前の拙稿を書こうとしてちょっと調べた時にも感じたのだが、Budd のウェブ上でのプレゼンスは希薄だ。私がみたかぎりでは、どうやら公式サイトはない。また、網羅的なディスコグラフィ/作品リスト、演奏歴や(おそらくそれなりの数がある(……と思うのだが、本当にそうだろうか?))美術展などへの音響面での参画などに関するまとまった資料も、ほとんど見当たらない。以下、今回参考にさせていただいたウェブ上リソースをいくつか挙げる:

  • アンビエント音楽に関するウェブサイト Sonority As Scenery。主宰の shige さん執筆の、アンビエント音楽をめぐるさまざまな考察が公開されている。とくに Budd については、「・musicians・」セクション下 「Harold Budd」 で、彼の多くのアルバムのレヴュウと総括的なエッセイ(本稿執筆時点ではそれぞれ12本・3本)がある。

    このセクションは、僭越ながら私見では Budd に関する、おそらく最もまとまって有益なウェブ上リソースで、彼の音楽に関心をお持ちで未見の方にはぜひお薦めしたい。

  • 〔以下、拙サイト外の各項リンク先はすべて英文〕 以前の別稿でとりあげた、アンビエント音楽の優れたストリーミング局 Ambience for the Masses 公式サイト内 「Harold Budd」頁には、各アルバムからのいくつかのサンプル音源とともに、現時点では11枚の作品(ただし Avalon Sutra は未掲載)がリストアップされ、そのうち8枚について簡潔なレヴュウが公開されている。

  • 本文でも参照している Wikipedia の Budd の項末尾には、ディスコグラフィが付されている(が、これが網羅的かは未詳)。同項の Budd バイオグラフィは簡にして要を得ているように思われる。

  • Avalon Sutra リリース元、David Sylvian のレコード・レーベル Samadhi Sound 公式サイト(要Flash)には、「Catalogue」-->「HAROLD BUDD avalon sutra」と「Artists」-->「HAROLD BUDD」に、Budd 御本人の興味深い発言引用を含む、(もちろん宣伝混じりだが)それなりにまとまった評伝的記述がある。

    また、上記「Catalogue」-->「HAROLD BUDD avalon sutra」では試聴もできる。1枚目14曲全部、ただし各曲冒頭1分間のみのクリップ。

  • 英国の一流日刊紙 The Independent サイト内、2005年5月8日付インタヴュウ「Harold Budd: Budd in May」(William Shaw さん執筆)は、音楽からの“引退”にあたって Budd の業績を手際よくふり返った好篇。

    この記事の最後には、Gavin Bryars, Andy Partridge (XTC), John Foxx (Ultravox) など Budd とコラボレイトした経験をもつミュージシャンたちからの“一言”が列挙されている。とくに Avalon Sutra に関しては、David Sylvian が「このアルバムは、自分が Samadhi Sound レーベルを始めるよりかなり先立って出来上がっていた。僕自身が Harold からこの作品を送ってもらったのは2001年のことだ。それまでの時点で彼はこれをリリースしてくれるレーベルを見つけておらず……〔略〕……メジャー/インディペンデントを問わずリリースを引き受けてくれるレーベルがなかったことが、彼が引退を決意した要因になっているかもしれない」と述べている。

  • Samadhi Sound 公式サイトからリンクされている(ものと同じと思われる――同サイトは現在リニューアル進行中の由で、「News」セクション05年6月1日付にあるリンク先は現在不達)、同じく The Independent 紙、05年5月27日付記事「Harold Budd, Brighton Dome, Brighton」(Chris Hall さん執筆)は、英国イングランド南部の Brighton で5月21日に行なわれた Budd 最後のコンサートのレポート。Bill Nelson をはじめなかなか豪華な顔ぶれで、この記事によれば Steve Jansen も Budd の初期作品、ゴング独奏の "Lirio" を30分にわたり演奏した由。

冒頭に掲げた画像は、いつものとおり stock.xchng から拝借した。Budd は作曲家であると同時に演奏家だ。彼は本質的にはほとんどピアニストではないかと考えているところが私にはある。d_sackvill さん撮影(リンク先は同氏ポートフォリオ、トップ頁)、「my piano 3」。記して感謝します。

なお、Avalon Sutra のCDパッケージには、彼岸の景色ではないかと思わせるほど色鮮やかで明るい光に満ちた、藤原新也(リンク先は同氏公式サイト)による氏独特の花の写真が使われている。

本稿に掲げたイメージ画像がモノクロであることと、極彩色のCDスリーヴとの間に関連をこじつけるわけではないが――思うに、決して能弁ではない Harold Budd の音楽は、優れた水墨画が黒から灰色そして白へと連なる明暗の濃淡のみによってしばしば感じさせる、(実際の視覚認識の内容に反した)色彩に満ち満ちた感じに通じるのではないだろうか。

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Kate Bush "King of the Mountain" ワールド・プレミア

再び各所既報のネタで恐縮だが、予告されていたとおり、Kate Bush の12年ぶりのオリジナル・アルバム Aerial (05年11月7日リリース予定)からのシングル "King of the Mountain" が、BBC Radio 2Ken Bruce Show で、本日(9月21日)世界初オン・エアされた。

この曲を含む本日放送分の番組(放送は現地時間午前9時30分(日本時間17時30分)から)はすでにアーカイヴ化されている。上記 Ken Bruce Show の上部、「Listen Again」の水曜日(「Wed」)をクリックすれば聴取可能。Kate の新曲は、番組開始から38分経過(早送り15分ボタン×2回、5分×1回で3分ほどお待ちを)した頃からかかる。尺は約4分50秒。巻戻しは、残念ながら「Listen Again」から開く「BBC Radio Player」ウィンドウではできないようです。また、番組アーカイヴ音源のウェブ経由での聴取は放送から1週間の間のみ。

新譜は2枚組との話でもあり、また今後リリース日が近づくにつれ次第に全貌が明らかになると思うが、とりあえずこの曲1曲だけを聴いて思ったこと。歌声に衰えがまったくと言っていいほど感じられないことに驚く。声に感じられる艶(というより、もうずいぶん昔から“艶消しの魅力”になっていると言うべきか)、アーティキュレィション、節回し、どれをとってもブランクを感じさせない。バッキングの音やアレンジも、従来と変わらずかなり凝っているようだ。この曲で聴けるかぎりではちょっと The Dreaming (1982) を思わせる雰囲気。

その他、Kate Bush の消息と新譜に関しては、Kate Bush News & Information(KBNI)内 Kate Bush News 頁がおそらく最も包括的に情報を集積している。また、そこでも報じられているように、新譜リリースにあわせ EMI 公式 Kate Bush サイト(要Flash)が新規開設された由。ただし現時点ではトップ頁のみ。

さらに、早くも "King of the Mountain" の歌詞が、上記 KBNI と Kate のファン・ジン HomeGround の合同掲示板「Forum」 --> 「Kate Bush General Discussion」 --> 「King of the Mountain - official lyrics」で公開されている。

〔05年9月24日追記〕 直前の段落でふれている "King of the Mountain" 歌詞は、その後 KBNI News 頁(9月21日付の項)でも公開された。また、Kate の EMI 公式サイトも、11月7日から本格稼動としているのはそのままだが、シングルのサビの音源、同曲が「9月27日に "digital stores only" で米国(のみ??)先行発売」との告知と、新譜のスリーヴ・デザイン画像が追加されている。〔05年9月24日追記終〕

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Sigur Ros ライヴ@NPR

すでに各所で報じられているとおり、アイスランドの Sigur Rós(リンク先はバンド公式サイト。別サイトが英国ドメインにも)が去る日曜日、2005年9月11日にツアー中の米国、Maryland 州 North Bethesda で行なったライヴの音源が、NPR(National Public Radio)のサイトでオン・ディマンド聴取可能。

音源へのリンク、演奏曲目その他の詳細については、NPR サイト内、Iceland's Ethereal Sigur Ros in Concert 以下をご覧いただきたい。音源は、NPR が当日にリアルタイムでウェブキャスト配信したものと同じである由。上記頁セットリストによれば、全12曲、約95分。冒頭と終わり、それにアンコール前(78分付近)にステージの様子を伝えるアナウンスが入る。エンコードは RealPlayer の表示によれば176Kbpsで、音質は良好。リリースされたばかりの第4作 Takk からも数曲を演奏しているようだ。

Sigur Rós は、遅まきながら昨年の秋ごろに既発アルバム3枚を“大人買い”し、幾度か聴いてはいたものの、正直なところ世評ほどのものとも思えないでいた。上記で聴くことができるライヴも、最初からアンコール曲終結部の直前まで実に淡々と進行する。自分の耳が憶えているかぎりでは、スタジオ録音のアルバムで聴ける音とほとんど違いがないように思うが、このライヴはなぜか聴き応えを感じた。新譜を買おうか……迷う。

同じく上記頁から聴くことができるバンドへのインタヴュウ(約16分)では:

  • 新譜について: スタジオ入りする時には3曲しかできていなかった。

  • 20カ月に亙った制作期間に何をしていたのか: とにかく演奏し、録音して徐々に仕上げていく。時間がかかるのは、曲を作り上げていく過程で「これだ」と納得のゆく演奏ができるまで試行錯誤を重ねるため。

  • 火山が多く北極に近い母国アイスランドの風土は、自分たちの音楽に影響を与えているか: 火山の天辺に住み込んで曲を書いたり録音したりしているわけではないが(笑)、生まれた土地の影響というものはたしかにあるかもしれない。

  • アイスランド語で歌詞を書くことについて: 言葉としては伝わらないかもしれないが、自分たちの表現したいことは音でも伝えられると考えている。

  • ライヴでは実はあまり即興演奏をしていない。

……等々。

この音源が今後どの程度の期間、聴取可能かは未詳。今回のライヴ音源公開は、NPR の“オンライン音楽番組”(Online Music Show)と銘打たれた All Songs Considered の一環で、過去の音源も(ただしビットレイトを落として?)引き続き公開されているようだ。ウェブ上での特別企画であるため、今後しばらくは聴くことができると思われるが、興味をお持ちの方はぜひお早めに。

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もの悲しい夏:"Red, Green, Blue & Other Summer Feelings" と Sutemos レーベル

Instability by no_joy (Erika Minkeviciute)

行く夏を夢想してみる――肌を微かに灼く日差し、熱いが乾いて澄んだ空気、森閑として音のない遅い午後、誰もいない白い街路……。湿気の決して抜けない炎暑の連続で、ものを考えるのも億劫になる現実の夏からすれば、文字通りの“無何有郷”での一日だ。けれど、私の身近にはどこにもないそんな土地、そんな日に、何もせずただ坐り、物憂く時を遣り過ごしている――この出色のコンピレィション・アルバムは、そうした夢のような夏の終わり、空漠としつつも豊かな時間をもたらしてくれる気がする。

リトアニア(Lithuania)を訪れたことはない。国名から私に思い浮かぶのは、ソ連末期の「バルト三国」にまつわる報道、遡ってせいぜい第二次大戦時に駐在した外交官、杉原千畝(リンク先は Wikipedia 日本語版、同氏の項)の事績くらいだ。いま、そうした乏しい知識に、群を抜いて優れたネットレーベル、Sutemos の本拠がある、という一条が加わった。彼の地の夏はどんなだろうか。

Crepuscule, second coming?

Sutemos レーベルがリリースしてきた音楽の水準の高さは、一聴すれば明らかだ。これが単なる偶然でないことは、リリース済み10作すべてに、確固とした“方針”のようなもの、一貫したテイスト――複数のミュージシャン/バンドの曲を編輯したコンピレィション・アルバムで特に顕著に現れる――を、はっきりと聴き手に感じさせる点からもわかる。自分たちのレーベルが打ち出そうとする特色を常に意識して、焦らず着実に作品を公開してきた。

そのこと自体は、このレーベルを「優れている」と呼んだからには驚くに値しない(無論、これは実現に必要な労力と時間とを無視しさえすれば、の話だ。実際に成し遂げるには大変なことに違いない)。私がとりわけ惹かれたのは、このレーベルがリトアニアという(誠に失礼ながら)音楽の中心とは思えない国から出てきたことだった。

Sutemos の登場に酷似した出来事が、四半世紀近く前にあった――「ベルギーから」と謳い、有名/無名を問わずユニークで優れたバンド/ミュージシャンを結集し、彼らの多くを、質の高い、独特の雰囲気を湛えたコンピレィションの形でリリース、“彗星の如く”という形容を地で行く輝きを見せたレコード・レーベル、Crepuscule(クレプスキュール)。もちろん、大きく時を隔てたこの2つのレーベルの、音楽スタイルやジャンルが互いに似ているわけではない。レーベルのカラーと言うべきものがはっきりとしており、総体として高い水準を保った作品群をリリースしていることに加えて、思いもつかなかった国から意表をついて出現した、そのさまが類似を思わせるのだ。そして、Sutemos を Crepuscule と並べることは、どちらにも礼を失しないと思いたい。

Sutemos “インタヴュウ”

興味が嵩じて、そして本稿標題にも掲げたコンピレィション Red, Green, Blue And Other Summer Feelings の出来映えに大いに感銘を受けて、どうしてももっと詳しいことが知りたくなり、メールで“インタヴュウ”を試みることにした。以下に、その内容をご紹介する。

実際には英文でのやり取りであるため、翻訳の都合から適宜、編集と意訳が施されている点はご諒解いただきたい。当方が音楽ジャーナリストやライターではなく、単に一介の音楽好きに過ぎないこと、このウェブログ形式サイトは決して多くの方々の目に留まる場所ではないことをお話したうえでなお、当方の問いかけに快く応じてくださった Sutemos の Walkman さんに、改めて御礼申し上げます。

〔問〕 正直なところ、あなた方のレーベルについての私の第一印象は、「どうしてリトアニアから、こんなに良質の音楽が?」というものでした。失礼ながら、日本(そしておそらくその他の世界各国)では、リトアニアの音楽シーンについて知られていることはほとんどないと言っても、さほど間違っていないと思います。Sutemos が設立された経緯について教えていただけるでしょうか。

〔Walkman〕 Sutemos は、2年とちょっと前に始めたプロジェクト。当初は、リトアニアの若い人たちに、実験的電子音楽(experimental electronic music)、IDM (Intelligent Dance Music) カルチャーを紹介しようということだった。僕らの母語のリトアニア語でウェブサイト Sutemos.net を開設してしばらく時間が過ぎて、サイトを通じてこの最初の目標はどうやら実現できたと思えるようになった。そこで今度はサイトの英語版も設け、さらに僕らが聴いて本当に楽しめる音楽を世界中に向けて紹介しようというつもりで、ネットレーベルも作ったんだ。

   このレーベルが目指していることは、主に2点ある。ひとつは、物質的な媒体を用いないネット上のレーベルであっても、CDなど実際の媒体でリリースするリアルの音楽レーベルと較べて絶対に見劣りしないもの(no worse than...)にすること。もう一点は、インターネット上で流布しているフリーな音楽は、非常に質が高い優れたものであると実証してみせること。この2つのゴールは、レーベルを始めてから今に到るまで、ずっと変わらない。

〔問〕 レーベル運営の“バックグラウンド”――裏側、秘訣のようなもの、楽屋話を教えていただけますか。

〔Walkman〕 “バックグラウンド”か、これといって何もないよ。ああ、楽屋話といえば―― Sutemos.net を始めた時は、僕らのうちの一人が当時つき合っていた恋人へのプレゼントっていう意味合いもあったんだ(笑)。

   それはちょっとしたプライヴェイトなこぼれ話で――レーベルとしてのバックグラウンドというか出発点は、音楽への純粋な愛情しかなかった。僕らが本当に気に入った音楽/アーティストをリリースしたいということだ。もちろん、始めてから2年以上経った今は、いろんなアーティストといい関係を保っているけれど、僕らが Sutemos で特に意識してやっていると言えるのは、さまざまな限界をぎりぎりまで押し広げようとしている(we try to push the boundaries further)、ということだろう。誰も実現可能だとは思わなかったようなことを試みてきて、幸いなことに実際にそれを形にすることができた。

   具体的に説明してみよう。Sutemos でこれまでリリースしたコンピレィション・アルバムは4枚ある。Intelligent ToysIntelligent Toys 2Flow.ers、それに今回の Red, Green, Blue & Other Summer Feelings。これら4枚のアルバムのうち、たとえば Intelligent Toys 2 が典型で、このコンピレィションに曲を提供してくれたアーティストは、エレクトロニカ音楽の世界では本物のスーパースターたちなんだ。だから、彼らがコンピレィション・アルバム制作という僕らの企画への参加を快く引き受けてくれただけでもすごいことなんだけれど、提供してくれた曲はどれも特にこの企画のために制作してくれたもので、しかもエクスクルーシヴに Sutemos でリリースさせてくれた。そんなことが実現可能だとは、僕らがやってみるまでは誰も思っていなかった。そういう意味では、Sutemos の4枚のコンピレィションで、僕らはネットレーベルに革命を起こしたことになるのかもしれない。“革命”というのはいま言ったとおり、これまで誰もやったことがないくらいに、アルバム制作にまつわるいろんな限界を押し広げ乗り越えた、という意味で。本当にそうなのか、僕自身はよくわからないが、多くの人たちがそんな趣旨のことを言ってくれている。

〔問〕 特定の音楽スタイルに対しての志向などはありますか。

〔Walkman〕 レーベル全体に共通する音楽スタイルというものは、ないと言っていい。Sutemos と 僕 Walkman との2人でやっているレーベルだけど、基準になるのは僕ら2人の個人的な好みで、それもけっこうバラバラなんだ。気を配っている唯一の点は、自分たちがリリースする音楽の質が、僕ら自身が楽しめるくらい絶対的に優れているものになるように、ということ。この点での妥協はしたくない。

〔問〕 音楽レーベルの質というものは、もちろんそのレーベルで作品をリリースするバンド/ミュージシャンの才能に依ると思うのですが、この点で Sutemos には、非常に優れた音楽家たちのネットワークが出来ていると感じます。こうしたつながりを、どうやって築いたのでしょうか。おそらく、一種の連鎖反応で次々と人脈がつながっていくという側面もあるのでしょうか。

〔Walkman〕 ああ、それは一所懸命にいろんなことをやった結果――ハード・ワークの賜物だと言っていいと思う。僕らが聴いて気に入った音楽について、きちんとしたレヴュウを書き、それを英語に翻訳する。リトアニア語を読める人は、世界中にはそんなに多くないからね。そして、アーティストに僕らのレヴュウを載せたURLを知らせて、読んでもらえるようにする。しっかりしたレヴュウを読んでどれだけ多くのアーティストが喜んでくれるか、やってみればきっと驚くと思う。アーティスト自身に読んでもらうことができれば、僕らが彼らの音楽を本当に好きだということは、彼らに直接伝わる。そんなふうにして、何百人ものアーティストたちとコミュニケーションをとって、新しい関係を作り上げていったんだ。それにもちろん、がんばって書いたレヴュウは、アーティストとの信頼関係を築くためだけではなくて、それを読んでくれる音楽好きな人たちにとっても参考にしてもらえる。こうして築いたネットワークが、たぶん僕らのレーベルが成功した最大の原因だと思う。それに、たしかに連鎖反応でつながるということもある。この世界はけっこう狭くて、みんな知り合いだったりする。逆に、全くの偶然で新しいアーティストを発掘できることもある。3tronik や Stockfinster などとは、そうやって出遭ったんだ。

〔問〕 たいていのコンピレィション・アルバムは単に“曲を集めただけ”で、アルバム全体としてのまとまりや、曲どうしの有機的なつながりが感じられないように思うのですが、Sutemos のコンピレィションには、アルバムごとに統一的な、あるいは首尾一貫した雰囲気やテイストというものが、必ず感じられますね。どうやってこれを成し遂げているのか、秘訣のようなものがあれば明かしてもらえないでしょうか。

〔Walkman〕 おそらく、僕らにはそうしたことを可能にする才能が備わっているんじゃないかな。それとも、こう言うべきかもしれない――最良のものを目指せば自然とそうなる。実際に僕がやっているのは、曲の排列に非常に神経を使うということで、これまでのリリースすべてにこれがとても効果的だった。もうひとつ、同じくらい気をつけているのは、とにかく僕ら自身が気に入る曲で、かつそのアルバムの制作テーマに合致した(fit the content of planned release)ものでなければ使わない、ということ。実際、僕のコンピュータには、とんでもない数の未公開の曲が保存されている。それらが未公開のままな理由は、ただ一点、アルバムの音楽的な脈絡にそぐわなかったためだ。もったいないことだとは思うけれど、高い質を実現するためには払わなければならない犠牲だと考えている。ときどき冗談で、いつかリリースするものがなくなる日が来たら、未公開の曲を全部集めて、 "Sutemos B-Sides" というタイトルでリリースするのもいいか、なんて話したりしているんだ。

このインタヴュウも含めて本稿のここまでで、レーベルの拠点がリトアニアにあることに、執拗にこだわっていると思われるかもしれない。これには私なりのわけがある。Sutemos の既リリース作品には、先日の拙稿でもふれた IJO をはじめ、FusedMARc(リンク先はバンド公式サイト、Sutemos.net 内にもバンド紹介記事がある)や Lys など、リトアニア出身あるいはリトアニアで活動しているバンド/ミュージシャンが含まれていて、いずれも優れた音楽を作っているためだ。彼の地の音楽シーンの厚みを感じさせる。私にはこれが意外に思えた。

実際には、Sutemos で作品をリリースしている人たちは、北米・欧州・レーベルの地元バルト三国からロシアなど、世界各地にまたがって点在している。電子的ネットワークを通して意思疎通も制作された音楽のやりとりも瞬時にできる今、Sutemos は、「リトアニアの」というよりも、むしろ「リトアニア経由で」発信するレーベル、と呼ぶべきなのかもしれない。

Red, Green, Blue...

Sutemos 最新作 Red, Green, Blue & Other Summer Feelings の英文リリース・ノートには、こう書かれている:

……夏の宵が湛える美しさを満載し、このコンピレィションは、ポストロック/インディロック、インストゥルメンタル、シンセ、アンビエント音楽にほんの少し実験的電子音楽の香りを添えたソフトなミクスチャに捧げられる。加えて、ほとんどすべての収録曲はヴォーカル入りだ。

本アルバムに関する仕事は、昨年の秋に始められた。企画立案の最初の段階から、我々は美学と美しさそのものを作ることに意識を集中するよう努め、〔ポピュラリティという意味での〕名前には関心を払ってこなかった。数字、事実、データ――そんなものは要らない。単に、純粋でゴージャスな美。

この、夏の悲しみと憧れのコンピレィションには、妖精めいた画家、No_joy によるアート・ワークをフィーチャーした。誠実さ、優しさと穏やかさで満たされますように。

〔英語原文は Internet Archive アルバム頁

ぜひとも、一度通してこのコンピレィションを聴いてみていただきたい。全14曲、75分強の尺だが、全篇をひとつのまとまりとして聴けば、このリリース・ノートが大げさではないことが、きっとおわかりいただけると思う。上掲インタヴュウでも掲げられていた「no worse than a real label(リアルのレーベルに絶対劣らない)」「the free music in the internet is of the very high quality(ネット上のフリーな音楽は上質だ)」という「2つのゴール」が、見事に達成され形になっている。

本稿標題を「もの悲しい夏」としたのは、もちろんアルバム名の「……その他、さまざまな夏の気持ち(... and Other Summer Feelings)」やリリース・ノートの「夏の悲しみと憧れ……(summery sad and longing...)」に影響されている。そして、アルバムが総体としてかたちづくっている流れ――長調/短調を問わず淡々としたコード進行、ゆるやかなテンポと決して強すぎないビート、空隙を存分に活かした音作り――と、それがもたらし全篇に通底する雰囲気にも因っている。アルバム全体に夏――それも思い出と想いとが詰まった――を思わせる雰囲気が充溢しているのだ。アルバム名は実にうまい付け方をしたもので、飜って言えばアルバム全体としての制作意図が明確であることの証でもあるだろう。そうした点でも、このレーベルのもつ実力が遺憾なく発揮されていると思う。

アコースティック楽器(ハープとストリングスだろうか)のサンプリング(?)を重ねて不思議な音楽を作り出す Marsen Jules の1曲目 "Couer Saignant" から、からっと暑くもの悲しい夏の雰囲気がそっと聴き手の心に忍び込んでくる。リリース・ノートがいうヴォーカルも、ほとんどが囁くような低い歌声かコーラスで、シンセ類の使い方も多くの曲で併用されるギターやチェロなどの音としっくり溶け合っている。6曲目、Stockfinster "A Crack in Time" での男性による「語り」は、Labradford の "Everlast"(彼らの1993年リリースの傑作デビュー・アルバム Prazision LP 所収)をやや明るくしたような味わいがある。アルバム終結部に向けて、10曲目 Reed Rothchild "The Great Century" が流麗で軽やかなビートを打ち、流れはややテンポを速める。この曲は、私が Sutemos の看板サウンドと呼ぶべきとも考える、スムーズで文字通り流れるような、それでいて落ち着いたエレクトロニカの秀逸な実例と言っていい。つづく11曲目から13曲目まで、ギターと生ドラムを牽引役にしたいわゆるポストロック風のバンド・サウンドが続き、最終14曲目、11分を超える長尺の FusedMARc "Funny" に到って、重いベースラインと強めのビートに乗せた高音域の女性ヴォーカルが締めくくりをつける。

冒頭の画像は、リリース・ノートでもふれられていた、no_joy こと Erika Minkevičiūtė さん描く画から、個人的に最もこのコンピレィションの雰囲気に適っていると思った作品 "Instability" の画像を選んで、(当サイトのレイアウトの都合上)縮小することをお許し願ったうえで掲げた。イメージ・ファイル化とサイズ縮小を経て、細部のテクスチャが飛び、色味も崩れてしまっているのは申し訳ないかぎりだ。彼女の作品はご自身のウェブサイトで公開されているものを多数閲覧できる。一見して明らかな繊細さの奥に不思議な芯の強さを感じさせる、魅力的な画風をお持ちだと思う。

たそがれ、摩訶不思議な時間……

本稿をほぼ書き終えたとき、ひとつ質問をし忘れていたことにようやく気づいた。レーベル名の "Sutemos" には、何か意味があるのだろうか。

Walkman さんがすぐに返事をくれて疑問は解けたのだが、答は私にとっては驚きだった:

"Sutemos" はリトアニア語で“たそがれ”を意味する。すでに日が沈んだ後、空が最も美しい色彩で満たされる、一日のうちでも摩訶不思議な時間帯のことだ。

くり返すが、私にとっては驚くべき偶然だった。レーベル全体が醸し出す雰囲気や音楽の質感の点からみた Crepuscule と Sutemos との類似は、私が数カ月前に Sutemos の存在を知り、彼らがこれまでにリリースしてきた音楽を聴いて即座に気に入ってからずっと、私の頭のなかにあった。しかし、この2つのユニークで優れたレーベルの名前が同じ意味をもっていたとは、予想だにしなかったのだ。

Walkman さんによると、今月(2005年9月)末には新作がリリースされるそうだ。今回のコンピレィション第4作に参加していたミュージシャンからの、ミニ・アルバムになるという。世界中に散らばっている、おそらく想像以上に数多くの音楽好きな人たち同様、私もこの群を抜いて優れた音楽レーベル――リリースがリアル/ネットのどちらであるかを問わず――の今後のさらなる活躍を、心待ちにしている。

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  • 明記しておくべきことを先に済ませよう。本稿に掲げた No_joy さんの作品 "Instability" 画像は、著作権により保護されています。掲載とサイズの縮小に関して、快諾していただきました。

  • 拙稿執筆にあたり惜しみない協力をしていただいた Walkman さん、ならびに Sutemos レーベル関係者に、末尾ながら重ねて御礼申し上げます。

  • Sutemos リリースの音源ファイル・ダウンロードには、Internet Archive のネットレーベル・セクション内、Sutemos レーベル頁から。

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