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Gorecki: "Symphony No.3 (Symphony of Sorrowful Songs)"

注文していたCDが何枚か一緒に一昨日届き、そのうち標記の1枚に惹き込まれて幾度もくり返し聴いた。1月27日は、奇しくもこの作曲家グレツキの生地からさほど遠くない(らしい)ポーランド南部にナチス・ドイツにより建設され、そこで第二次世界大戦中に百万人以上の人たちが虐殺されたアウシュヴィッツ強制収容所が、ソヴィエト軍の手で解放された日、1945年1月27日からちょうど60周年だったという(参考: Google(日本) News 「アウシュビッツ解放60周年」の検索結果)。またこの録音は、作曲家が学んだポーランドの Katowice(カトヴィツェ)を本拠地とする楽団によって、ポーランド人のソプラノを迎え、同じくポーランド人指揮者の下で演奏されている。

私が聴いたのは、今回も NAXOS レーベルから出ている音盤だ:

リンク先は再び NAXOS 公式サイトの当該盤ディスコグラフィ頁。英文ライナー・ノーツが全文読めるこのアルバムの「About this Recording」頁には、3つの楽章それぞれで歌われる歌詞ポーランド語原文と英訳が出ている。

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Tarentel ライヴ@渋谷 Club Quattro

昨夜(05年1月22日)、標記のライヴへ出かけた。

帰り道、何年ぶりにクラブ・デイトでバンドを聴いたか思い出そうとしたが、結局はっきりしない。朧ろげな記憶では、どうやら Sylvian/Fripp の1992年、芝浦方面にあったクラブなのか倉庫だったのかよくわからないヴェニュウ(davidsylvian.net記録によれば「テラダ倉庫(Terada Warehouse, T-33, Tokyo)」となっている)での演奏を聴きに行った時以来らしい。そうすると約13年ぶりということになる。我ながら自分のものぐさ加減、出不精のひどさに呆れる。

チケットの入手から何からすべてが手間だ、クラブでのライヴは立ち席で疲れる、ただでさえお洒落に縁がないのでろくに着ていく服もない、一時期よく一緒に行っていた(というよりも、私を随時引き廻し、いつも刺戟的なライヴに連れていってくれた)友人ともいつしかお互いに都合がつかなくなり、誰と連れ立って聴きに行く当てもない……等々、ネガティヴな理由を数え上げては足が遠のいていた。そんな、もう完全に情けない典型的オッサンに成り果てた私が、十数年ぶりに一念発起し(大仰です……が、自分の実感としてはそれに近い)、このバンドを生でどうしても聴きたいと思ったのには、それなりに訳があった。

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武満徹で年を越す:『日本作曲家選輯 Toru TAKEMITSU』

正月も半ばにさしかかってこんなタイトルで記事を書くのは、実に間が抜けていますが……。2005年初回更新にあたり、ついでのようで誠に失礼ながら、本年もよろしくお願い申し上げます。

去る大晦日深夜から元日暁闇にかけて、なぜかとりわけ静かに過ごしたいと思い、武満徹がフルートのために書いた曲を主に集めたこのアルバムをくり返し幾度か聴いた:

  • 武満徹:『日本作曲家選輯 Toru TAKEMITSU』 (NAXOS 8.555859, 2003)、Robert Aitken (フルート), New Music Concerts Ensemble

    リンク先は NAXOS レーベルの本盤ディスコグラフィ/試聴ページ。無料試聴(各曲の一部)には要登録。ライナー・ノーツ(英文原文、国内発売盤には邦訳あり)も全篇閲覧可能。また、NAXOS 国内発売盤の帯にはたいてい思い入れたっぷりの惹句が付されている。このアルバムのものは NAXOS JAPAN本盤ページでも読める。

十代後半の頃、「紅白歌合戦」のわざとらしいお祭り騒ぎをやりすごした後に放送される、淡々と各地の越年風景を映すNHK TVの「行く年来る年」が妙に気に入っていた。雪深いどこかの古刹で墨染めの衣をまとった修行僧が除夜の鐘をつく情景など、おそらく毎年流されているだろう。それでもああいったお定まりの映像は、色のない寒い夜、年が改まる前後の瞬間瞬間に劃然と刻み目を入れるように、見ている自分に、本来は恣意的に定められたものに過ぎない暦の変わり目を意識させた。

旋律然としたメロディはほとんどどこにもない。全篇を通じて適度の緊張感を感じる。身が引き締まるような寒気あるいは冷気のようなもの、そして夜の闇も。それは自分がこれまで聴いたことがある武満の曲のほとんどに共通している気がする(……が、その数はきわめて少ない)。楽器を問わず(このCD収録曲では、ハープやヴィブラフォンなどの金属から出る音が多い)、高音域で何かが“きしる”ぎりぎり手前のところで、隙間だらけの空間を切り裂かず、それでいて夜の表皮だけをさっと切開してさらにその奥を聴き手に覗き込ませるような音が鳴る。私の耳が聴いているものが、はたして世に言うらしい「タケミツ・トーン」(オーケストラ曲に対してしか言われないのだろうか? 参考:Wikipedia 日本語版「武満徹」の項)なのかはわからないが、彼の書いた音楽が静寂を深めるこの感じが好きだ。

このアルバム自体は、数年前に先輩から拝借して強く記憶に残った武満の遺作、"Air"(「エア」)の演奏を手許に置いておくつもりで買った。その "Air"、それに和笛のような音を出したりマウスピースを通じて滝口修造の詩の一節(ライナー・ノーツによれば、フランス語に訳されたものという)を読む声まで入る "Voice"(「声」)などのフルート独奏曲も良かった。そして2台のマリンバとヴィブラフォン1台という編成による "Rain Tree"(「雨の樹」)、フルートにクラリネット・ハープ・ピアノ・ヴィブラフォンを加えた "Rain Spell"(「雨の呪文」)などの曲も、越年の夜更けに聴いてしっくり来た。

何度も書いているとおり、いわゆる現代音楽も含めて、西洋古典音楽に対する素養が私にはない。したがってこのアルバムに収録された演奏の可否を云々することはできない。本稿はご覧のとおり単なる感想ですが、曲がいいのか演奏が優れているのか選曲がうまいのか(曲の排列が一部リリース直前(?)に入れ替えられた旨、ライナー・ノーツ日本語版には注記がある)、70分強の長さのこのアルバムには統一感があると思う。

それなりの年月聴いてきて、自分なりの見当識も出来上がったロックやジャズとは違って、“クラシック”音楽については文字通りの暗中模索で、また意図的にそうやって手探りでいきたい気持ちもある。そろりそろりと聴き進めながらこうして気に入るアルバムに行き当たると、また次を探してみようという気になるのがなんだか嬉しい。レーベルが NAXOS で千円札1枚と小銭で買える(並行輸入(?)の外盤なら1000円でお釣りが来る)のは、誠にありがたいかぎりです。

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