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追悼 John Peel

本稿は標題とおりの内容で、John Peel に関わる思い出を書いた。プライヴェイトでない思い出はほとんどありえない。無造作に置いておくのも気恥ずかしいので、以下、すべて「続きを読む」にて。

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John Peel 逝く……

BBC の名物ディスク・ジョッキー、実に幅広い音楽を聴き、愛し、我々に伝えてくれた John Peel(リンク先は BBC Radio 1 内の公式ページ)が亡くなったそうだ。休暇(working holiday)中の滞在先、ペルーの Cuzco にて。65歳……まだまだ若い。

あなたの番組を通じて、たくさんの音楽とミュージシャンを知ることができた。ありがとうございました……そして、言っても詮方ないことですが、この先ももっともっと活躍し続けてほしかった。ご冥福を祈ります。

詳細は、BBC News逝去を伝えるニュース、同死亡記事 (obituary)、また各ページ右側サイド・ペインから張られたリンクを参照されたい。

とり急ぎこれだけポストして、その他のウェブ上関連リソースおよび個人的な思い出については本稿に追記するか、別稿を期したい。

〔2004年10月28日追記〕別稿を書いた。よろしければご覧ください。〔10月28日追記終〕

〔2004年10月27日追記〕続々と世界各地のウェブログや報道機関・音楽関係ウェブサイトにて追悼記事がポストされている。追いかけて読み始めたら眠れなくなってしまった。以下にいくつかを挙げる:

  • 英国日刊紙 The Guadian の追悼記事、「Peel: 'An inspiration to a generation'」(Dominic Timms さん執筆)。この記事に引用された、自らの番組 John Peel Show で最近語ったという「僕はもう60歳で太ってるかもしれないが、かける音楽はいいよ(I may be sixty and fat [...] But the music will be good)」という科白は、彼の番組を知る人にとっては決してハッタリでも気負いでもないと納得できるに違いない。なお、この記事末尾にある John Peel 関連リンク集は非常に充実している。(同紙死亡記事は、ほぼ BBC 公式サイトと同内容)

  • John のホーム・グラウンド、BBC Radio 1 の「The music world pays tribute to John Peel」から、追悼速報(本稿執筆時点では2本、15分強と6分弱)および彼の同僚へのインタヴュウなどをストリーミングで聴くことができる。上掲URLのテキスト後半は、6分弱の速報の抜粋を起こしたもの。おそらく、後ほどきちんとした追悼番組が組まれ、音声アーカイヴとして聴取可能になると予想される。

  • 旧ユーゴスラヴィア、現セルビアの Belgrade(ベオグラード)在ラジオ局(のようだ)B92 公式サイトに掲載された John Peel インタヴュウ(2002年3月)。自身のキャリアを振り返っている。最後にこのセルビアの放送局のリスナーに向けて「もし皆さんがバンドをやっていたりミュージシャンだったら、自分たちの演奏を僕宛てに送ってほしい。ぜひとも聴いてみたいから([...] 'cause I'd really like to hear it)」と呼びかけているのは、いかにも彼らしい。ソースは Metafilter 所掲、04年10月26日付記事「Sad day for music」への投稿から。(なお、この Metafilter というウェブログ(?)は、記事で扱われた事柄について次々にコメントで有益なウェブ上リソースの情報が寄せられることが多い)

  • John が実は米国でラジオの仕事を始めたことを、以前思い立って彼について調べた時に知って驚いたが、後に英国に戻って BBC Radio 1 で番組を持つのに先立ち、海賊局(pirate radio, 公的な放送免許を受けずに不特定多数のリスナーに向けて電波を出す) Radio London で活躍していたのを、訃報に接して初めて知った。短いながら当時の John の声を The Pirate Radio Hall of Fame「Disc-Jockeys N–P」 John Peel の項で聴くことができる(ram 形式ストリーミング、2本)。

  • BBC Radio 4 の「Front Row」John Peel 追悼番組(2004年10月27日)。John の元同僚の Andy Kershaw の語りは泣ける。一部を拙稿末尾で紹介した。

  • Radio 1の追悼番組ストリーミングへのリンク集。Steve Lamacq による追悼番組は2時間、ひたすら音楽をかける(多数が Peel Sessions からのもののようだ)フォーマットもトークも、John の番組によく似ている。(それにしても BBC は、John Peel 関連の自サイト内のリンク集をネットワークを超えて1カ所にまとめてくれないのだろうか)〔以上2項、04年10月28日追加〕

以上、いくつかの関連ウェブ上リソースを引いた。この調子でいくと切りがない……。有益なものが見つかれば、また随時追加したい。〔04年10月27日追記終〕

〔2004年11月25日追記〕John Peel は11月12日、多数のファンに見送られながら葬られた。10月末以降、追記し忘れていたリソースをいくつか記録しておきたい。

  • 下記の VPRO 音声/ヴィデオ・アーカイヴ2項は、bithead さんのウェブログ teenagefanclub+log の04年11月4日付エントリ「John Peel Radio Show 1986」、および almondeyed さんのこの世はレースのようにやわらかい、04年11月7日付記事「ジョン・ピール ドキュメンタリー」から知った。記してお二方に感謝します。

  • オランダの公共放送局 VPRO が1997年(と当該頁には書いてあり、John も番組中で「自分はいま58歳4分の3」と言っている)に取材したドキュメンタリ「John Peel (R.I.P.) over de toekomst van de radio」(36分、要 RealPlayer 再生環境。右下の「VIDEO/ John Peel - Documentaire」をクリック)。番組タイトルは“ラジオの未来について”という意味らしい(Babel Fish Translation の蘭英翻訳による)。(なお、VPRO は公共放送局というよりも、むしろ番組制作をもっぱら行ない、実際の放送は既存の放送施設ネットワークを利用する、という形態の制作会社というべきか、未詳。Wikipedia 英語版の VPRO の項参照)

    番組収録中の John の、スタジオ内での興味深い様子を捉えたショットを挟んで、なぜか街角で立ったまま(これについては、冒頭のオランダ語ナレイションで説明されているのかもしれない)John への長尺のインタヴュウが流れる。公共放送における音楽番組の役割などを熱く語っている。VPRO で1984–85年にかけてレギュラー番組を持っていたこと、ドイツやフィンランドの放送局のために番組を担当した時期もあった……等々。「日本のラジオ局のためにしばらく番組を作っていたこともある」とも John が話しているが、InterFM かどこかで流れたものか? 未詳。

    このドキュメンタリから、John の印象的な言葉をまたいくつか(いずれも趣意):

    「ポップ・ミュージックのおもしろさ、それにまつわる楽しみ、馬鹿らしさ(stupidity)と言ってもいいが、それは結局、いつも変化し続けているという点にあると思う。今年の年末には、それまで名前を聞いたこともなかった誰かが作ったレコードを探しに街に出かけているかもしれない、その人はそんなものがあるとすら想像もしていなかったような音楽を演奏しているかもしれない。これが僕にとってのポップ・ミュージックの楽しみなんだ」

    「……僕はかなり慎重(conservative)な、どちらかというと怖がりな奴さ。でも自分の人生には何か興味深く予測不能なものがあってほしい。僕にとってはそれはラジオなんだ、だけど〔ラジオの音楽番組の現状は〕そうじゃない」

    「英軍放送(British Forces Broadcasting。米国の American Forces Radio などと同様に、自国の主に海外駐留兵士に向けた放送局)の番組もやっているんだが、軍は以前は番組をカセット・テープに録音して、イギリスの兵隊がいる場所へ送っていた。カセットの送り先には大西洋南方に派遣された軍艦も含まれている。或る空母ではそれを船内放送で流していたが、しばらくして僕の番組を好きな奴がその船の乗組員には1人しかいないことがわかった。だからカセットが届くと、船内放送で流す代わりに彼が呼ばれて、テープを直接彼に手渡ししていたという。この話はすごく気に入ったよ。文字通りの個人直通(person-to-person)ラジオとは、なんとも素晴らしいじゃないか」

  • 同じく VPRO のウェブサイト、「John Peel special」から、John が1986年1月、同局でDJを担当した番組をストリーミングで(ページ本文欄最上段のリンク。他の音源2本は追悼の意をこめて VPRO のディスク・ジョッキーにより選曲されたもののようだ)。正味55分程度。この番組は、上記ドキュメンタリで部分的に使われていたものと同じ。

    これを聴いて改めて思うのは、John の語りがもっていた何とも言えない飄逸な味わいだ。賛否両論あった選曲はさて措き、ここでも聴ける「できるだけたくさん曲をかけて、喋りは極力短めに」(上記 VPRO ドキュメンタリより)していた John のトークは、たしかに短いが歯切れがよく、時に爆笑ネタを含んで実におもしろい。至芸と呼んでもよいかもしれない。John の本拠だった BBC には、彼の番組の数十本分(とは言わないまでも、せめて10回分)くらいを随時オン・ディマンドでストリーミング聴取可能にした、準恒久的なライブラリをウェブサイトに設けてもらえると嬉しいのだが……もっともそんなことはせずに、僕のトークはもういいからいいかげん自分でおもしろい音楽を探せと、John なら叱咤するかもしれない。

  • BBC の映像アーカイヴ、John Peel 関連リンク集。短めのニュース映像がほとんどだが、25分弱のインタヴュウ「John Peel up close and personal」(1998年収録。リンクは ram 形式を選択した状態)は、音楽に興味を持ち始めた子供時代の思い出から、ほとんどヴィクトリア朝的と言ってもよさそうな癇癖の持ち主だった母親のこと、米国テキサスでの最初の結婚、現在の Peel 夫人と家族のこと……等々を語って実に興味深い。

  • 11月12日に行なわれた葬儀に関する BBC 記事。本当にお別れです、Good-bye, John.  〔以上4項、04年11月25日追記終〕

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ebtg “新”リミックス盤制作中

Everything But The Girl (ebtg) の公式メイリング・リスト、truefansebtg(不定期刊)の10月22日付号によれば、2005年2月ごろのリリース予定で、新たなリミックス・アルバムを現在制作中とのこと。

収録曲は1994年から2005年(!? しかし以前に関連拙稿でもふれたとおり、オリジナル・アルバムは1999年発表の Temparamental 以降出ていないのだが……)の間に発表されたものから選択されるそうで、2枚組を予定の由。

ML 当該号は、メインの記事は House Music Awards(要 Flash)という、ハウス系(と呼ぶのが果たして適切なのかどうか)音楽のミュージシャン・DJの人気投票(?? 未詳)にノミネイトされた Ben Watt 関係の部門賞へ投票してくれれば嬉しい、というものだったが、末尾に「すでに ebtg 公式サイトで告知のとおり」新しいリミックス盤を云々、とあって驚いた。

改めて確認してみると、公式サイトは表面上は以前と何も変わっておらず、肝腎の「告知」は掲示板 (Forums) の公式アナウンス(Mission Control)セクション内、標題どおりの9月30日付「NEW MESSAGE FROM BEN | SEP 30 2004」にあった。掲示板管理人(実際に Ben Watt 本人らしい)名義の投稿。(そもそもこの掲示板の在り処自体がとてもわかりにくいので、当該記事URLを挙げる:http://forums.ebtg.com/viewtopic.php?t=226)

掲示板に投稿されたこのアナウンスの内容は、単なる(或る意味ではまたまた焼き直しの)新譜告知にとどまらず、なかなか切実でかつ心温まる。文中で Ben は「ebtg はとうの昔に終わっているのに、どうしてまだ続けるふりをしているのか」等々の批判・非難に正面から答えている。子供が生まれてから行なった1998年から2000年にかけてのツアーとレコーディングが実に大変で、家庭と音楽活動のどちらかを犠牲にしなければ立ち行かないと痛感したこと、したがって長期にわたる ebtg としての活動休止という現状はあくまで Tracey Thorn の意思を尊重した結果で、Ben が無理やり彼女を家に閉じ込めているなどの中傷はまったく当たらないこと、を強調している。そして最後に、Tracey の近況と彼女の心境(Ben と3人になった子供たちとの家庭生活をしっかり維持することに専心している、曲作りや歌うことへの関心は当面の間、またもしかしたら今後ともずっと(原文:permanent)自分の裡にはない)を紹介し、彼女が元気で暮らしていることを伝えている。

もっとも、その後の“ファン”からのレスポンスにはかなり冷笑的で辛辣なものも含まれている。いずれにせよ、新譜は出てもオリジナル・アルバムは今後とも当分おあずけ、ということのようだ。なお、ML 当該記事によれば「公式ウェブサイトも再構築する予定」とのこと。

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Robert B Parker: "Night Passage"(パーカー:『暗夜を渉る』)

ここ数週間、Robert B Parker(ロバート・B・パーカー)のスペンサー("That's Spenser with an `S'")・シリーズを、最初から順を追ってぽつぽつと読んでいる。通っている公共図書館の外国物文庫本書棚で、シリーズ最初から数巻分が揃っていたのを目にしたのが運の尽き(?)。定評ある私立探偵物であることだけはかろうじて知っていたが、今ごろになってようやく実際に読む機縁を得た。1973年のシリーズ処女作『ゴッドウルフの行方(The Godwulf Manuscript)』以来30年、すでに本国アメリカでは30冊を超える作品が刊行されており、当分の間楽しめそうだ(邦訳も早川書房から順調に文庫落ち継続中、訳者は菊池光さん)。

もっとも、シリーズ中にいくつか谷間かハードルのような、というか、作風やモチーフを大きく変えた作品があるそうで、読者によってはそこでシリーズを見限って読むのをやめることもあるという。最初から読み始めた私は、そうした作品にはまだ到達していない。もちろんシリーズは継続中だし、邦訳されたものもまだ全部を通読したわけではないので、確信をもって自分が言えることはない。ただこれまで読んだかぎりでは、どの作品も非常に手堅く、比較的スムーズに読み進めることができ、読後に一定の水準を超えた満足感を得られる、という気がする。安心して読める、という感じか。

スペンサーが暇さえあれば発する、恰好よさに徹しきれずかなりの確率で笑えない“気の利いた科白”、彼の恋人で魅力的に描かれる自立した女性スーザン、日本語で言う侠気をスペンサー以上に感じさせる“相棒”ホーク、悪の摘発にプロとしての矜持を持ち続ける警察/検察関係者といった主要登場人物。そして何より、摩天楼が寄り集まって呆れるほど均一な景色を作るアメリカの大都市のなかでは例外的に美しい街のひとつ、スペンサーが拠点とする“古都”ボストン。道具立てが揃えば、あとは展開されるプロットを追い、スペンサーの一人称で語られる世界に浸ることができる。

(……と書いていたらまた長くなってしまったので、以下は「続きを読む」にて失礼します)

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