Tears For Fears: "Everybody Loves A Happy Ending"
Tears For Fears(TFF)が、9月14日付で標記のアルバムをリリースした。独りでバンド名を維持して2枚のオリジナル・アルバムを作った Roland Orzabal のもとへ、喧嘩別れした Curt Smith が復帰するかたちでの“再結成”。
意図したわけではないが、本稿はまたもや10年ほど新譜を出していなかったミュージシャンの話になってしまう。こちらは1994年の前作からちょうど10年ぶりに新作を出した Bark Psychosis(以前拙稿でとりあげた)よりもさらに古顔で、デビュウ・アルバムは1983年に出ている。
新譜は……水準以上、期待未満の出来だ、と敢えて言おう。このバンドのキャリアや実績を考えれば、これくらいの作品はできて当たり前で、そのかぎりではハズレではない。しかし本作を今までの何枚かのアルバム同様に、文字通り聴き飽きるまで長い間くり返し聴くかといえば、答はたぶん否定的だと感じている。現に、溯って旧作を続けて聴いてみて、残念ながら早くも新譜のもつノヴェルティが霞んできている。歌詞が晦渋に過ぎる(と私には思える。正直なところ大半の曲でほとんど何を歌っているのか理解できていない)のも嬉しくない。
それでも、新譜プロモーションでメディアに露出している Orzabal と Smith(余談だが、最近の彼らの顔立ちは、(順に)本田博太郎・Christopher Walken をどちらも(かなり)ふっくらさせた感じ、に見えた……一旦そう見てしまうとそれが頭から離れず、つい笑ってしまう)が二人で楽しそうに演奏しているのを目にして、こちらの心も温まる。ツアーも行なわれるようだ。成功とそれがもたらす歪みを一度味わい、分裂まで経験した彼らは、おそらく今後はもっとうまくバンドをコントロールするだろう。再結成による“復活”が、今後長い間にわたって豊かな実りを我々聴き手にももたらしてくれることを祈りたい。
私自身は、bryan さんのウェブログ音楽とか本とかネコとかを記録するよ、今年(04年)2月23日付記事「Seeds of Love」で、TFF の再結成と新譜について初めて知って以来、期待してリリースを待っていた。記して感謝します(以下に若干関連することも書いたので、古い記事宛で恐縮ですがトラックバックも送ります)。
また、検索エンジン経由で拝見したなかで、SHIRO さんがご自身のウェブログ彩音にて「TFF 『ELAHE』全曲レビュー その1「Everybody Loves A Happy Ending」」以下、力作レヴュウをアルバム全体にわたって書いておられる(本稿執筆時点で6曲目まで。継続中)。卓見と詳しい情報満載で、大変参考にさせていただいた。同じく記して感謝し、トラックバックを送ります。
以下は、毎度恐縮ながら TFF にまつわる個人的な話です。
靭い声:Rachael Yamagata "Happenstance"
ストリーミングを聴き始めてから国内FM放送をほとんど聴かなくなったせいで直接は知らないが、Rachael Yamagata という若い女性シンガー・ソングライターは、どうやら最近さかんにエア・プレイされているらしい。今月初旬にプロモーションのため来日していたそうだ。ご本人の日記(公式サイト(要Flash)の「Journal」04年9月13日付)によると「3つの地震と台風ひとつ」に襲われる間、「驚くほど効率的に組まれた」スケジュールに従って日本各地のFM局・CDショップでインタヴュウや店頭ライヴなどをこなした由。もうちょっと早く知っていれば、生で数曲聴く機会を得られたかもしれない。
標題に掲げた Happenstance (2004)は、アルバム全体としてまずまずの出来映えだと思う。きわめてまっとうな(アメリカン・)ポップス。ソロ・デビュウ以前は、米国シカゴで活動するブラック・ミュージックの影響を色濃く受けたというバンドでピアノやコーラスを担当していたそうだが、真っ黒という印象は、このアルバムを聴くかぎりではさほど強く受けない。何曲かは共作だし(さらにそのうちの何曲かは歌詞も?)、編曲の面でもスライド・ギターや管楽器、さらにはチェロを使ったりして、通して全篇を聴くと、さまざまな可能性を探ろうとした感じがする。それが“為にするヴァラエティ取り揃え”になっていないのは、プロデューサの手腕か。ただし基本的には、独学だというピアノでリフを作りながら書いたな、という曲が多い。
歌詞はほとんどがラヴ・ソング。「私は自分の道を行く、いい結果が出ることを祈りながら/私たちは背中を軽く叩き合って、二人のためにベストは尽くしたと口にすることもできる/もし私たちのどちらかが成功したら/別れたことをせいぜい悔いて/愛情は決してなくならないと語り合ってもいい/でもあなたも私もわかっている/私が去り、あなたがそこに留まったわけを」と歌う、11曲目のピアノ・バラード "Reason Why" は、なかなかいい。
ちょっと掠れた太めの声に、個人的にかなり魅かれた。この声は靭(つよ)い。自ら書いている歌詞にも似た側面が垣間見られるように、なよなよしておらず一本芯が通っている。あとは曲と詞でどこまで独自の世界を創れるか。まだオリジナル・アルバム1枚では早計かもしれないが、このヴォーカルさえあれば今後に期待できる気がする。低音域を印象的に使うピアノ伴奏も個人的に好きだが、最近になってギターで曲を書き始めたとのこと。
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お目汚ししてしまったとおり、Rachael Yamagata の歌を聴いて思ったことを全然うまく書けていない。彼女の音楽がもつ魅力をはるかに広いパースペクティヴのもとで紹介しており、個人的には自分が最初に彼女のことを知ったきっかけ、Oliver Wang さんによるウェブログ soul sides、04年9月3日付エントリ「MOMENTS WITH RACHAEL」(英文)をぜひご一読ください。
なお Oliver Wang さんのこのウェブログでは、記事投稿から10日間はとり上げたミュージシャンの曲をいくつか mp3 ファイルで試聴可能だが、拙記事が遅れたせいで Yamagata の音源サンプルについては既に失効。上掲記事冒頭で紹介されている Rachael Yamagata EP (2003) 所収 "Collide" を聴いて私はCDを買った。肝腎の EP はしかし発注先で入荷が遅れ未着。
以下は、検索エンジンで見たもののうち、主なリソース:
上掲公式サイトでは、音質はよくないものの数曲を「Listen」にてフル試聴できる。歌詞は全曲掲載。同頁右下には「hear rarities and b-sides」で5曲(本稿執筆時)の演奏が聴けるページへのリンクもある。
「Press」を見ると、ティーン向け雑誌から男性誌まで、実にさまざまなメディアに露出している。グラビア込みで記事になっていることが多く、ご苦労なことだ。Chicago Tribune 紙の04年6月16日付インタヴュウ「Star gazing: Chicago singer Rachael Yamagata sets her sights high」(Matt McGuire さん執筆)にもあるが、本国アメリカで Yamagata と契約したレーベルは相当力を入れて売り込んでいるようだ。
おそらくプレス向け資料を翻訳してそのまま使ったものだろうが、日本盤発売元の当該ページには、自筆バイオグラフィ・自作全曲コメント・参加ミュージシャンのリストが掲載されている。自筆バイオグラフィに関しては、Auralgasms の Rachael Yamagata 頁、「Biography」所掲のものが原文と思われる(英文は一部段落が錯綜している)。Auralgasms にある mp3 サンプルは部分のみだが、音質は公式サイトのものより良好。
なお、私が購入したのは米国盤で13曲(+ 隠しトラック1曲)収録。いっぽう本国から3カ月遅れの9月8日発売日本盤は例のごとくボーナス・トラック付きで、一部 Rachael Yamagata EP から採っているようだ。国内盤発売元が "Ode To..." としている曲が隠しトラックか。
Auralgasms の「Links」頁で紹介されている、写真家 Jasper E Coolidge さんの jenyk.com 内、2003年9月のライヴ・フォト。
上でふれた「ギターで作曲するようになって」云々は、山野楽器のウェブサイト内「Jam Spot」、同本店でのインタヴュウにおける発言。
Roger Waters を点描する試み
先日公開された新作2曲をオンラインで試聴してから、Roger Waters のことを考えていた。
先日の拙稿(先ほど "Leaving Beirut" に関する若干の追加情報を加えた)にトラックバックを送ってくださったゆうけいさんが、ご自分のウェブログ「ゆうけいの月夜のラプソディ」でその後続けて物されたエントリで述べておられた内容にも刺戟を受けた。記して感謝するとともに、トラックバックを送ります。
上掲拙稿9月4日付追記のとおり、Roger の新曲についてはゆうけいさんの記事が詳しい。ぜひご一読を。
Good enough...
Roger についていつも思い出す、彼自身が語った逸話がある。彼の在籍時最後の Pink Floyd オリジナル・アルバム、The Final Cut (1983) リリース後、しばらくしての出来事と思われる:
……八百屋へ買物に行った時のことだ。40歳くらいの、毛皮のコートを着た女性が近づいてきて言った、The Final Cut は今までに自分が聴いたレコードのうちで最も心を動かされたものだと思う、と。彼女の父親も第二次大戦で殺されたと話してくれた。僕は3ポンドのジャガイモを抱えて車に戻り、家へと車を走らせながら思ったんだ、十分じゃないか〔原文:good enough〕、と。
Chris Salewicz による Waters へのインタヴュウ、1987年6月
発表当時、The Final Cut は「前作 The Wall (1979) のアウトテイクや残りかすの寄せ集め」「直截で拙劣な政治批判」「Pink Floyd 名義で出した Waters のソロ・アルバム」等々、大方の酷評を受けた。このアルバムには、珍しく副題が付されている:「Roger Waters による、戦後という夢に寄せる鎮魂歌、演奏 Pink Floyd(A requiem for the post war dream by Roger Waters, performed by Pink Floyd)」。アルバム・スリーヴ裏側にクレジットされているミュージシャンのリストからは、バンド結成以来のキーボード担当 Rick Wright の名前が消えていた。「Waters のソロだ」という指摘は、あからさまなサブタイトルやクレジットに照らしても、あるいは書籍や雑誌記事、バンド・メンバーへのインタヴュウなどを通じてリリース後に明らかにされたアルバム制作の実情を勘案しても、おそらく正しい。
このアルバムは、マルヴィナス諸島をめぐる戦争が英国とアルゼンチンの間で勃発し(1982年4月–6月)、双方に戦死者も出て世情がまだざわついたままだった時期にリリースされた。歌詞にはフォークランド戦争当時英国で政権を握っていた "Maggie" Margaret Thatcher はもちろんのこと、長期間にわたってソ連に君臨し、政権末期にアフガニスタンへ侵攻して東西間に再度の冷戦状態をもたらした Brezhnev、ヴェトナム戦争を長引かせた米国大統領 Nixon など、多数の政治家/権力者たちの名前が素のままで出る。彼らは歌のなかで Roger の思うがままに虚仮にされ、玩ばれる。
上掲の逸話を、自分は最初にどこで知ったのだったか。まったく思い出せない。ただ、The Final Cut には、戦争を直接的にはまったく知らない私にとっても痛々しいくらい響いてくる曲が数曲収められていて、アルバム全体の出来映えは別として、そうした個別の曲を自分は高く買っていた。この逸話を知ったとき、思わず「そう、よかったじゃないか」、そんなふうに Roger に向けて言いたくなる気がしたのを憶えている。
Syd Barret の“亡霊”
もうひとつ思い出すのは、Roger が別のインタヴュウで The Wall 所収 "Nobody Home" の歌詞に言及したこれだ:
この曲の歌詞のうち数行は、Syd Barret の平穏だった日々を思い返している。部分的には僕が実際に知り合ったありとあらゆる人たちのことを書いたのだが、自分が知るかぎり、輪ゴムでブーツを〔ずり落ちたり壊れたりしないように〕留めていたのは Syd だけだった。それがこの〔「靴を留める輪ゴムもちゃんと持っている」という〕歌詞の出所なんだ。……
Tommy Vance による Waters へのインタヴュウ、1979年11月
周知のとおり、Syd Barret は Floyd のオリジナル・メンバーかつ中心人物だった。ポップでサイケデリックなメロディをたくさん書いた一種の天才だが、薬物に中毒して奇行を重ねるようになり、デビュウ・アルバムと2枚目の一部の制作に関わっただけで、David Gilmour と入れ替わりにバンドから去った。
彼は(まだ健在なはずだから、こういう言い方は失礼なのだが)あたかも亡霊のように Floyd に憑いており、意外な場面でうっすらと姿を見せる(これは Roger だけに限った話ではないようだ)。Wish You Were Here (1975) のアルバム標題曲が Syd について直接歌っているのは有名だし、当のこのアルバム制作中にスタジオへ Syd 自身がふらりと現われ、メンバーの誰一人として、肥満して昔日の面影を失くした彼が誰なのかしばらく気づかなかった、という話もよく知られている。
そうした裏話はこのインタヴュウ放送当時すでにファンの間でも既知のことだったが、上掲の Waters の発言を聴いたとき、私は「こんなところにもまだ Syd の影が……」と、改めてひじょうに強い印象を受けたのだった。その後映画化された際に Bob Geldof が演じた、ロック・スター転じてファシスト化し「ホモ野郎どもを、ユダヤ人を、病人を壁際に立たせろ」と絶叫するに到る The Wall 中の虚構のキャラクタ "Pink" は、Roger のこうした Syd にまつわる記憶と、Dark Side Of The Moon (1973) の桁外れな商業的成功の後に Roger 自身が抱くようになった誇大妄想とがないまぜになっている。神経を病んで日常ではない世界へ行ってしまった Syd のことを、Wish... でアルバム一枚に仕上げても飽き足らず、さらに重ねて歌詞に織り込んで歌わずにはいられなかった Roger は、ほとんど偏執狂(的)だと言える。それはそうだが、この時 Roger が感じていたに違いない痛みは、おそらく救いようがないほどに深い。
Roger Waters 新作2曲オンライン試聴開始
Pink Floyd のファン・サイト Neptune Pink Floyd (NPF) ニューズレター(9月3日付、第139号)経由で。
元 Pink Floyd のベイシスト Roger Waters(リンク先は公式サイト)によるスタジオ録音新作2曲、"To Kill The Child" (演奏時間:3分31秒) と "Leaving Beirut" (同:12分29秒) が、日本時間の9月4日01時(プレス・リリースでは「米国東部夏時間9月3日12時」)からストリーミングで公開された。公式サイトのトップ頁リンクから試聴可能で、QuickTime, RealPlayer, Windows Media Player での再生に対応。歌詞も公開されている。この2曲については、9月7日からダウンロードによる販売も開始される予定とのこと。
この件に関しては Waters のファン・サイト Roger Waters Online (RWO) で、すでに7月中旬(RWO の関連記事初出は、今年7月16日付らしい)から噂されていたようだ。今回の NPF からの告知で諸所を訪ねてみて初めて知った。
聴いてみたかぎりでは、仮に新譜が出るとして、どうやら今回もコンセプト・アルバムになりそうな印象を受ける。長尺の "Leaving Beirut" は、相当部分が“語り”になっている。
委細は上掲プレス・リリースに述べられているが、Waters 自身による歌詞は、2曲とも先年のイラク戦争に関わる。公開のタイミングは、意図して米国大統領選挙前に設定した由。
何か感想めいたことをもし今後述べるとしても、アルバム全体を通して聴いてからにしたい。ただ一言だけ言わせてもらえば、リード・ギター(おそらくクレジットされている Andy Fairweather Low)はやはり弱い。
〔04年9月4日追記〕上掲拙記事は速報(になっていませんが(苦笑))のようなつもりで書いたもので、中身がありません。これをご覧いただいて興味をお持ちになった方には、ゆうけいさんからトラックバックでお知らせいただいた記事「To Kill The Child」のご一読をお勧めします。〔04年9月4日追記終〕
〔04年9月11日追記〕新作のオンライン公開後、ニューヨークのFMラジオ局でのインタヴュウで、Roger 自身が "Leaving Beirut" は20年ほど前に ベイルートからロンドンへ旅した時の記憶に基づいていること、その旅行でアラブの人たちの豊かな人間性にふれたこと、飜って近年のアラブ/イスラム教徒の“悪者化”を危惧していること、などを述べている。詳しくは Brain Damage が伝えるニュース(当該インタヴュウの転記を含む)を参照されたい。〔04年9月11日追記終〕
NHK特集「カメラマン サワダの戦争」9月5日再放送
ヴェトナム戦争における報道写真でピュリッツァ賞を受賞した写真家、沢田教一を扱った番組が、来る日曜日の9月5日、23時25分からNHK総合TVで再放送される。つい先ほど知った。鮮烈な印象と(毎度のことで恐縮ながら、極私的な)思い入れを留めるドキュメンタリで、後者のせいでこう言い切るのに若干躊躇を感じるが、傑作と呼びたい。
[NB] 9月5日放送分は、同日23時57分頃発生した東海道沖を震源とする地震とその後の報道のため、当該ドキュメンタリが半分ほど進んだところで中断された。再度の放送は9月12日(日)23時10分から予定されている。〔以上、04年9月6日追記。「NHK アーカイブス」番組公式サイト・トップ頁の情報による〕
以下、長くなるが紹介文を引用する:
NHK特集「カメラマン サワダの戦争〜5万カットのネガは何を語るか」(当初のURL: http://www.nhk.or.jp/archives/fr_yotei.htm)
1965年2月、戦火の拡大するベトナムに向かった一人の若いカメラマンがいました。沢田教一さん当時28歳、青森県出身の寡黙な青年はそれから数年の間に、優れた報道写真に贈られる著名な賞を次々に受賞し、世界に名を知られる報道カメラマンになります。しかし1970年、沢田さんは取材に向かう車を襲撃され命を落とします。
激しい戦闘の合間に見える人間の生を捉えた彼の作品は、戦争の意味とは何かを強く問いかけます。それは殺されることはあっても殺すことは決してない、カメラマン・サワダのたった一人の戦争でした。
番組は沢田さんが亡くなって12年後、命をかけて撮り続けた5万カットに及ぶネガフィルムから、彼がどんな思いでシャッターを切り、ベトナム戦争をどう見つめていたかを検証していきます。
NHK総合TV「NHK アーカイブス」番組公式サイトより、リンク先も同じ
個人的には、驚くべき偶然と言うほかない。一週間ほど前、もう長らく満杯で本を突っ込んでおく場所としてしか機能していない本棚をゴソゴソしていた。文庫版『泥まみれの死:沢田教一ベトナム写真集』(1999、講談社、講談社文庫)が出てきて、眠る前に少しずつ写真を眺めていたところだった。そして文庫判の小さな写真集のページをめくりながら、この度再放映されるドキュメンタリのことを思い出さずにはいられなかった。
1982年2月26日夜に最初に放送されたこの「NHK特集」が、自分が沢田教一という写真家とその仕事について知ったきっかけだった。番組は、カメラマン沢田の写真がもつ力を十全に伝える。よく知られているように、沢田の写真には、最前線に立つ兵士の前半身を捉えたものが多い。つまり撮影時、彼は戦闘員よりもさらにノーマンズランドに踏み込んで、銃弾が飛来する方向に背を向け、行動を共にしていた米軍側を振り返っていた。
それと同時にこの番組は、戦争という愚行が必然的に孕む歪みを、沢田教一を通じて重層的・象徴的に剔抉している。当時の自分がこれを観ながらボロボロと涙をこぼして泣いたのを、今でも忘れられない。
ヴェトナムの、植民地からの脱却とその後の混乱、内戦。“自由”主義の守護者を標榜する米国と社会/共産主義勢力の前衛を自任するソ連(と中国)とが、いずれも本拠地から遠く離れた異郷・異民族を二分して代理戦争を行なわせる/行なうこと。報道の世界へすら、大国がヒエラルキィの頂点に位置する図式が、なし崩しに持ち込まれる。沢田はその矛盾を背負った/背負わされた“アジア人”の一人だった。
アジアでの同一民族間の戦争を、黄色人種という点では同じ沢田の写真が尖鋭的に報道する。その一方で、白人が牛耳る通信社によって頤使され粗略な扱いを受ける沢田。彼の写真は、アメリカ軍が殺すヴェトコンやヴェトナム人非戦闘員を、解放戦線との戦闘で傷つき死んでいく米兵を、逃げ惑うことしか許されない人々を、被写体とし続け(ざるをえなかっ)た。“西側”友好国としての日本出身、日本人としての沢田の出自と仕事が、否応なく露呈してしまう悲しみとアイロニィ。
今回の再放映は、米国での9.11同時多発テロから3周年にちなんだ由(上掲リンク先冒頭の記述による)。しかし、この番組が描いたのと類似の構図は、ユーゴスラヴィアでもアフガニスタンでもイラクでも成立していたに違いない。
なかなかうまく言葉にできないのだが、冒頭口走ったとおり、私自身はこのドキュメンタリは傑作だと、本放送の際に一度だけ観る機会を得て以来ずっと思い続けてきた。騙されたと思って、ぜひとも観ていただきたいと願う。
なお、上掲リンク先URLは従来同様、今回の「NHK アーカイブス」放送終了後に変更され「放送済み番組」欄へ移動すると推測される。後日修正します(〔04年10月1日追記〕遅くなったが修正した)。
また、本稿のカテゴリは適切なものがないので「books」に。文庫版『泥まみれの死』は、この版元の文庫には珍しく、新本でまだ入手可能なようだ。244頁(四色刷16頁含む)、本体価格600円。
〔04年9月4日追記〕内容的には沢田教一の仕事および写真集についてというよりも、彼をとりあげた放送番組に関わるので、本稿カテゴリを「radio」へ変更した。